強さは誰のためにあったのか

 目の前でオレを庇って倒れる。地面に染みる血。手を伸ばして、微笑みすら浮かべて目を閉じたセイラ。


 その瞬間を何回も何百回もあの日から繰り返している。でも答えは出ない。どうしたら助けられた?なぜ体が動かなかった?


 ナシュレに帰ってきても、セイラはいない。どこにもいない。


 ジーニーもトトとテテも事実を知っても、何も言わなかった。責めてくれればもっと……良かったんだ。ヨイチとアサヒが話をしてくれたが、とても静かで、誰も口を開かなかった。


「そろそろフェンディム王国に帰るよ。アサヒだけだと、心配だから……でもリヴィオ、大丈夫かい?」


「あ…?ああ……まだフェンディム王国には魔物がいる。気を抜かず、民を守れよ」


 ヨイチがオレの言葉に泣きそうな顔をした。


「僕とアサヒは……セイラさんやリヴィオにどこか懐かしさを感じていた。この感情がなんなのかわからない。でも二人には幸せにいて欲しかった。今はリヴィオが元に戻るように僕らが助けるよ」


 オレは驚いてヨイチを見た。こんな風に話すヨイチは珍しい。いつも淡々としているのに。


「だから、そんな死人みたいな顔しないで……ほしい。時間はかかるかもしれないけど」


 じゃあ、また来るねとヨイチはスッと転移魔法で消えた。


 ナシュレにいると、セイラがいないことが苦しくてしかたなかった。


 一緒に歩いた湖、街でしたイベント、アイスクリーム屋に彼女が大事にしていた『花葉亭』どれを見てもどこへ行っても思い出す……屋敷の中は静けさで満ちていた。セイラが帰ってこないことを話したときのクロウ、トーマス、使用人たちは……言葉では言い難いほどにショックを受けていた。


 明かりが消えたようなナシュレ。たった一人いなくなっただけなのに……こうも変わる。


 夜になり、眠れず、執務室の窓辺でぼんやりとしていると、扉が開いた。セイラかと思い、振り返り、そんなわけ無いと一瞬で気づく。


「そんな残念そうな顔するなよ。一緒に飲もうと思って、ワインを持ってきた。ずっと眠れてないだろ?最悪な顔色してるよ」


 ジーニーだった……オレは無言でソファーに座る。酒を注いでいく。


「酒でも飲んで、ぐっすり眠れば、頭もスッキリするさ」


「……セイラを守れなくてごめん」


 ジーニーはオレの肩をポンポンと叩く。泣きたいような困った顔をしている。


「リヴィオらしくないな。誰も責めてない。この世界の滅びを救うことは、危険があり、代償がある……とは思っていたよ。でも誰かがしなければならなかった。何もしていない僕らが責める権利なんてない」


「オレは今でも……黒竜の力を使い切ってでもセイラを助けたかったと思ってしまうんだ!この国の人々よりセイラを選びたかったと!あの魔物で世界を滅ぼそうとしたやつとオレは同じだ」


 グッと拳を握る。セイラのためだけに力を使いたかった。それを耐えて……必死に耐えた。この国を生きる人たちのために耐えた……なんて綺麗事を言えなかった。


「わかってる。僕だって、リヴィオの立場なら迷う。たとえセイラに頼まれても迷う。眠り続けるセイラはもうこのままかもしれないが、いつまでもおまえがそうしているわけにはいかないだろ?カシューの領地の開発だって、まだまだこれからだ。セイラの残した温泉旅館もだ」


「……ああ」


 わかってるけど、なんだか力が出ないんだ。ジーニーは酒を注ぐ。


「とりあえず、眠ることだな。トトとテテも心配している。おまえの両親も……ナシュレやカシューの人達もだ」


 皆に言われて、僕が代表で来たんだよと笑う。


 セイラを失って悲しいのはオレだけじゃない。本当はジーニーだって、告げた瞬間、顔色が悪かった……それを耐えて来てくれているんだとわかる。


 優しい瞳で笑うセイラ、長い黒髪を揺らして笑顔で振り返るセイラ、彼女の声を上げて楽しそうに笑う声が今も聞こえるような気がした。そんな最高の笑顔を見れるようになったことが本当にオレは幸せだった。


 奪われた物が大きすぎて、オレは立ち上がる力が沸かなかった。こんなに脆くて弱い自分は嫌いだ。大嫌いなんだ。強く強くありたい……それはセイラがいたから強くいれたんだ。

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