【我儘なお嬢様】

「ちょっと〜ぉ?なにかしら、古臭くて、陰気な旅館ね。『海鳴亭』に泊まりたかったわぁ」

 

 大きな羽根つきの帽子を被った女性が『花葉亭』に現れた。後ろから、待ってくださーいと言いながら、大きな荷物を抱えた青年が追いかけてきた。


「いらっしゃいませ。荷物をお持ちします。大丈夫ですか?」


「ジャックはこのくらい、なんてことないわよね!?」


 私が声をかけると女性が青年を一瞥して言う。


「ああ……うん。大丈夫だよ!」


 荷物係のスタッフがガラガラと台車を持ってきて、荷物を受け取り、さりげなくもらう。青年はすいませんと謝って汗をぬぐう。


「『海鳴亭』の予約がいっぱいだったので、こちらにしたのですが、お嬢様はお気に召さらなかったようです」


 ご機嫌斜めですと笑いながら言う青年は人が好さそうだった。


「あら……それは申し訳ないことをしてしまいました。こちらでも十分くつろぎ、楽しめるようにいたしますね」


 ニコッと私が笑って言うと、お嬢様は早く!とせかす。は、はいっと青年は急ぐ。


「なんだかすごいお嬢様ですね」


 そっとスタッフが耳打ちするが、ソフィアを見ていたせいか、私には可愛く思える。慣れって怖いものだ。小さい頃、私に自分の重い荷物を持たせて、挙げ句に足をかけてわざと転ばせて泥だらけになっているのを笑われたことがある。そして荷物を落としたことを叱られ、私が罰せられた。


 今頃、そのソフィアはどうしているやら……と私は思いつつ、お嬢様に付きそう青年を見た。


「お嬢様!あんまり急ぐと転びますよおおお!」


 彼は決して嫌そうではない。どんな関係?と思っていたら……。


「アルバートがこちらで執事をしていると聞いてるんですが?執事養成学校で一緒に学んだんです」


「執事さんなんですね!アルバートなら、屋敷の方にいるので、良かったら寄っていってください」


 ありがとうございますと頭を下げるジャック。お嬢様がジャックー!早く荷物からハンカチ出してー!と呼んでいる。慌てて、ハイッと走っていった。執事とは大変なお仕事ね。と私は見守った。


「季節のお菓子は紫陽花を模したお菓子となっています」


 薄っすら紫、ピンクの色をした優しい淡くて丸い生菓子だった。お茶と一緒に優雅な仕草で頂いている。  


「なかなか美味しいじゃないの」


 満足そうだ。温泉に興味津々だったようで、すぐに入浴タイムだった。その時、ちょうどアルバートがやってきた。


「アルバート!なんで!?」


「奥様が懐かしい人が来てると呼んでくれたんだ」


 二人はニコニコして、再会を喜んでいる。仕事はどうだ?と聞かれたジャックはポリポリと頬を掻きつつ、顔を少し赤くして話しだした。


「ちょっと寂しがり屋のお嬢様のお世話をしているんだ。両親が忙しい方で、なかなか家に寄りつかなくて、イライラしていらっしゃる。でも本当は優しい方なんだ」


「そうなのか。良い主人に出会えることは執事の喜びだよな」

 

「アルバートはすごいじゃないか!ナシュレ伯爵なんて、噂じゃ、領地経営の天才と言われる領主様なんだろう?その手伝いなんてなかなか大変そうだよ」


 リヴィオのこと、そんな噂になってるのね……本人はそんなこと微塵も出さないので、私は知らなかった。アルバートは褒められたが、謙遜気味にまだまだだと言う。


 お嬢様はいたくお風呂を気に入ったらしい。ご機嫌で出てきた。


「お肌スベスベ!しかも外にお風呂ってなに!?すっごい斬新だわっ!」


「新しい物大好きなお嬢様なのですよ。ご学友に温泉もお話したいとかで……」


 ボソボソと耳打ちするジャック。


「なに、ヒソヒソしてるのよっ!ジャック、さっさとお肌のお手入れセットを出しなさいっ」


 ハイハイとジャックはお嬢様のお世話を嬉しそうにするのだった。


 執事のアルバートは私に言った。


「主人に近くお仕えすることは執事の喜びです。ジャックはお嬢様のことをほんとに大切にしてます」


「たしかに……一見、我儘なお嬢様かと思ったけど、ジャックはちゃんと理解してるのね。良い関係ね」


 フフッとお嬢様と執事の関係に笑いが溢れた私なのだった。目に見える部分だけではわからないことって世の中にはたくさんあるわねと思った。

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