いつかの夏の海で会いたいと想う

 夏風が海の上を滑るように吹く。砂浜に立つ。エンドレスサマーのフェンディム王国の夏の海に来るといつも思い出す。


 彼女を覚えている。忘れたことなんて一度もない。


 あの日、海で確かにカホを掴んだんだ。でもいつの間にか手は離れていた。ぐったりとし、頭から血が出ていた。何度、記憶を辿っても、それは変わらない。


「……帰りたい」


 そう呟いた声は波音に溶けるように消えた。


「おーい!シン!何してるんだ?」


 黒髪の双子の少年が砂浜を駆けてきた。アサヒが呼ぶ。オレは振り返る。


「いや……なんでもない」


「シンは海になにか思い入れがあるの?海を見る時、いつもと違う顔になるよね」


 ヨイチが鋭いことを言う。オレはそうか?ととぼけた。異世界に召喚された同じ身だが、この双子は帰りたくないと言う。オレとは対象的だ。


 ……早く。早く帰りたい。焦燥感がある。あの後、カホは無事だったのか?オレはどうなってるんだろう?


 神様の願い事を叶えることを契約し、カホの命の代償にオレはこの世界へ来た。オレは最悪帰れなくてもいい。ただ、彼女に生きててほしい。


 黒い獣、空を飛ぶ鳥を倒し続ける。


「きりが無い!これ以上は無理じゃ!撤退するのじゃ!」


 アオが叫ぶ。オレは魔物の調査をしていたが、大量の魔物がいる地点にいた。魔物が生まれてくる場所があるのではないか?という仮説を立てていた。


 だが、思っていた以上に殲滅することに苦戦した。魔物を切り裂く。力を使っても使っても減らない。黒い波に飲み込まれそうだ。この魔物達はいつになったらいなくなるんだ!纏わりつくような黒い色が気持ち悪かった。息があがる。目的の場所へ行き着くことはできなかった。

 

 気づくと、夏風が吹く草の中に倒れて、オレは寝転んでいた。目が覚めるほどの青い空が目に飛び込んでくる。白い雲が流れていく。サラサラと草が風に揺らされて音を立てる。


 ………静かだ。


 ………うまくいかなかった。失敗した。目をギュッと閉じた。腕を目に当てる。その隙間から涙が流れていく。


 早く早く帰って、会いたい。誰よりもカホに会いたいんだ。照りつける暑い日差し。夏は否応なしに、あの日を鮮明に思い出させる。


 必ず、いつか彼女に会いに行く。待っていなくてもいい。ただ生きていてほしい。もう一度だけ笑顔が見たい。


 そう思った瞬間、目を開いた。暗闇。夜だ。


「夢……夢だったんだな……」


 起き上がると涙が溢れていた。シンヤの夢。必死でカホを救い、帰ろうと思っていた頃の夢だ。


 オレは今、リヴィオという存在だと認識してから、ふと隣でスヤスヤと気持ち良さげに眠るセイラを見て、心の底からホッとした。頬に伝った涙を拭った。


「どう……したの?」


 半分寝ぼけ眼のセイラの目が開いた。起きた!?オレはギクリとし、驚いて言葉が出なかった。まさか泣いているのを見られて……!?セイラは手を伸ばし、オレの手を取り、ギュッと握って、またスヤスヤと寝た。


「寝ぼけてんのかよ!……なんだよ!?」


 小声で、思わずそう言った。だけど、柔らかく温かな手と繋ぐと、ザワついていた気持ちが、不思議と落ち着いた。空いている手の方でセイラの滑らかな黒髪に触れる。


 シンヤは帰った。きっと今頃、カホと二人で幸せに過ごしている。


 今度はきっと大丈夫だ。臆病な姿はみせるな。今度こそ、魔物をこの世界から絶ってやる。簡単ではないことかもしれない。だけど不可能でもない。下を向いてる暇があるなら、前を向け。


 そして皆の未来を守りたい。オレとセイラ、大切な人達の未来もそこに繋がっている。

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