ナシュレ災厄の日
その日はいきなりやってきた。
春の雪解けが始まり、日中は暖かいが、夕方になると、まだ寒い。
私は用事があり屋敷に一時的に戻っていた。執務室の窓から差し込む夕陽が赤すぎて、まるで血の色だ。なんだか不吉で、ザワザワとした胸騒ぎがした。
「大変です!!」
クロウの緊迫した声は今までとは違う。私はドキドキする胸を抑えながら聞き返す。
「何があったの!?」
「たった今、ナシュレの街の者が来て、街に不気味な黒い大型の犬のようなものが、暴れているとか!」
廊下を走る音!もう一人の執事のアルバートも顔を蒼白にきてやってきた。まさか……私は言葉より先に察した。
「街の外にもいるそうです!」
わかったわ!と私は戦闘用の動きやすい服とブーツに瞬時に着替えて、二人に指示を出す。
「王宮やジーニーに連絡して!それからリヴィオをカシューから呼び戻して!」
かしこまりました!と言う声。私はアオ!と呼ぶ。
「わかっておる!今、すでに数体倒してきておった。我が国に入り込むとは………」
さすが黒龍。素早い。私の肩にのると視界を変える。ナシュレの街に転移する。
夕焼けの街に、叫び声や泣き声があちこちで聞こえる。ガラガラと崩れる建物、なぎ倒される木々。私は青ざめる。……ナシュレでこんなことが起こるなんて。
だが、動揺している場合ではない。私はすばやく魔法を紡いで、黒い獣を無数の氷の矢で切り裂く。とりあえず駆除していく必要があるわ。街の人達が逃げまどっている。警備兵達が戦うものの、数が多い!
「アオ、どの方向に魔物が集中しているかわかる?」
「街の北部じゃの」
よしと頷いて、私は走りながら倒していく。
「皆!落ち着いて!私の屋敷の方へ逃げて!」
そう言って街から人を避難させていく。
「セイラ様!気をつけてください!」
「無理しないでくださいよ!」
私の身を案じながら逃げていくナシュレの人達。私のことなんて気にしないでいいのよと涙が滲む。
いや、泣いてても仕方ない!今、涙は役に立たない!私は少しでも魔物を減らしていくしかないわ。
屋根の上に登る。高いところから位置確認を行う。確かに、北部の方から沸いているように思う。アオが黒い点となり、時折、白い閃光が起る。そこから中心に魔物が消えていく。
夕闇がゆっくりと落ちてきて、所々で火の手が上がっているのがわかる。夜になれば倒しにくい。一度に片付けていこう。
私は人に当てないように精度をあげて集中する。巨大な魔力の流れができる。ドンッという振動と共に雷撃が魔物たちに直撃していく。
アオを追いかけるように、私も走っていく。息があがって呼吸が苦しいが、立ち止まっている場合ではない。
着いた!魔物が黒い空間から生まれて来ている。やはり私が想像してた人物が居た!
「なんてことを!」
私が睨みつけると褐色の肌の少年が腕を頭の上にあげて、バンザイし、ふざけたように言う。
「さっすが!黒龍の守護者!ここまで来るのが早かったね?」
「なぜ魔物を!?」
「妾の国へ来たのは、相応の覚悟があってのことじゃろのぅ?」
私の怒りの声とは対象的に、アオがヒヤリとした空気感でそう言い放つ。黒龍が静かな怒りを見せている。それでも少年は余裕だった。
「プレゼント気に入ってくれた?君のお父さん、白銀の狼に食われちゃたのかな〜。あの後どうなったのかなー?気にならない?魔力を吸い取るナイフをあげたら喜んじゃってさー」
父を煽ったのは、この少年だったのね。なんとなくそうだろうと予想はしていた。
「私は意外と薄情なのよ。知らなかった?父のことより、ナシュレの人達にしたことが許せないわ」
「セイラのその怒りや悲しみがとても美味しいよ」
アハハと笑う少年。ぐっと私は拳を作り、魔法を紡ぐ。
「やる?僕と戦う?」
私は燃え盛る火球を少年に放つ。それを少年は魔物の一体を生み、壁代わりに使い、ガードする。咆哮をあげて燃える魔物。地面を蹴って、私に黒い刃を突きつけようとした瞬間だった。
キンッという金属音と共に少年が弾かれた。
「あっぶね……間に合った!」
リヴィオだった。白銀に光る剣は少年ごとふっとばした。
「セイラ!大丈夫か!?」
私は泣いてリヴィオの顔を見て、ホッとした。しかしまだそこに亡霊はいる。ナシュレの街も夜空を赤々染め、火の手があがっている。気を抜いてはいけない。
「私は大丈夫よ。でもナシュレは……」
わかってる!とリヴィオは強く頷く。
「アオ!オレに宿れ!」
その言葉は呪文のように響き、リヴィオの金の目が漆黒に染まる。黒龍がその身に宿った。
「馬鹿な者よ。よくもこの国へ入ったものだのぅ」
黒龍のリヴィオは好戦的にニッと笑う。圧倒的な力が、この場所に満ちてゆくのがわかる。
「来ちゃったか……これは分が悪いかな」
ジリッと少年が下がって、黒い空間に逃げようとした。しかし、リヴィオが素早く、掴みかかる。少年は黒い長い爪を出し、引き裂こうとしたが、リヴィオはその爪を掴んでパラパラと砂に変えた。
片手で、ぐっと首を掴んで、持ち上げる。少年はグアッと声を上げて、苦悶の表情を浮かべる。
「黒龍の力を見せてやろう」
「やめろ!やめてくれ!!」
少年が叫ぶが、どんどん体から黒い砂が落ちてきて、足先から、サラサラと崩れていき、体が消えていく。
「た、たすけてくれ!」
少年は懐から球体のものを出す。魔石!?バッとリヴィオは離れた。足から下がない少年は右手で、魔石をかざす。体が再生していく。こちらを呪うように見つめてから、黒い水たまりの中へスウッとと入っていき、消えた。
「逃したか」
そう黒龍は忌々しげに呟いた。そしてフッとリヴィオの目の色が金色に戻る。膝をつくリヴィオに大丈夫!?と私は駆け寄った。アオが猫の姿になり、悠々と暗闇から歩いて来る。
「オレは大丈夫だ。セイラは?」
「私も大丈夫よ。それよりナシュレの街が……」
暗闇だからか、赤色の炎が余計に赤々として見える。リヴィオは落ち込む私の肩を持つ。
「しっかりしろ!まだ終わってない。セイラは街を見回って火を消し、怪我人を頼む。オレは魔物の残りをみつけ、殲滅する!」
私とリヴィオは二手に分かれて、駆け回る。そのうち、王宮や学園、ジーニー、トトやテテたちも駆けつけて来てくれ、助けが来た。
それでも、事態をおさめるには、明け方までかかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます