彼の心はどこへ行く?

 マリアの恋は、今年初めての雪が降った時に動いた。


 外は雪だが、執務室の中は暖かく、アオがスヤスヤとソファで寝ている。


「リヴィオ!マリアが朝からいないのよ!」


 連絡球から静寂を破る声がした。リヴィオとマリアの母であるオリビアから、いきなり昼頃に連絡がきた。


「は!?何があったんだ?家出か?こっちには来てないが……」


 困惑するリヴィオ。


「昨夜、ステラ王女主催の夜会へ行っていたのよ。帰ってきた時にメイドが言うには、ひどく落ち込んでいたって!」


「原因はわからねーけどってことか。まぁ……こっちに来たら、すぐ知らせる」


 青ざめて心配そうなオリビアがお願いねと言うと連絡球は切れた。


「ああ。なんだ?あいつ、なにも言わないで、出かけたとかじゃねーのか?買い物とか?友達の家とか?」


「リヴィオ……ちょっとジーニーと連絡とってみてよ」


 私の一言で彼はハッと気づく。エスマブル学園の学園長室へ繫げる。


「珍しいね。そっちからわざわざ連絡球で……って、もうバレたのかい?」


「マリアの落ち込んでいる原因はおまえだろ?」


「……まぁね。君の妹を泣かせてしまったよ。でも、謝らない」


「謝らなくて良いけどな、朝からマリアがいない。何があった?」


 ジーニーが言いたくないけどと、口ごもる。リヴィオは咄嗟に私に席を外すように言う。素直に従い、私はそっと部屋から出た。


 数分後、執務室からアオを抱えながら、リヴィオは出てきた。


「なんだったの?」


 私の顔を見て、リヴィオは低い声で言う。


「……結論で言うと、マリアはどうも振られたらしい」


「私、旅館の方を探してくるわ!」


 慌てて、私は転移魔法を紡ぐ。リヴィオが気をつけろよ!と言うと同時に、抱きかかえていたアオを放り投げた。


「にゃーーー!?」


 思わず猫語が出たアオは転移すると同時に怒る。


「あの黒猫があああ!神様をなんじゃと思っておるー!」


「ごめんね。私の護衛につけてくれたんだと思うわ」


「ラッキーアイテムとカン違いしておるじゃろ!?あやつはっ!」


 敬えー!と騒ぐアオを宥めて、私は『海鳴亭』の中を歩く。マリアの行き先の心当たりといえばここか『花葉亭』しか私には思い浮かばない。王城が見えるほどの近さ、彼女の家からの距離からして『海鳴亭』が妥当な気がした。


 スタッフにマリアが来ていないかと尋ねる前に言われる。


「あっ!女将ー!マリアさんが来てますよ」


「朝から来ていて、お風呂に入ってからバーの方へ行きましたよ」


 親切なスタッフ達は、さりげなく見守ってくれていたようだ。


「ありがとう!」


 私はエレベーターに乗り、急ぐ。


「何、呑もうかのぅ」


「なんで、呑もうとしてるのよ?」


「妾には関係の無い話じゃからのー。恋だの愛だの人は忙しいのー」


 時々、達観した神様に戻るわね。呑みたいだけでしょ……と私は半眼になる。


 エレベーターからの景色は美しく、白い雪が空から無数に落ちてくる。海に吸い込まれるように消える。マリアからジーニーへの想いを打ち明けられた日も雪の日だったと思う。


 バー『黒猫』のドアを開けると、淡い照明のカウンターにマリアが座っていた。私の顔を見ると笑顔になった。泣いてはいなかった。


「来てくれると思いましたわ」


「なんとなく、ここかな?と思ったの。大丈夫?」


 バーのカウンターにアオが飛び乗り、マイペースに『冬に合うカクテルを』なんて注文しているのは無視しとく。


「思ったより大丈夫ですわ。聞きましたのね」


「聞いたのはリヴィオで、私は、結論しか知らないのよ」


 リヴィオはジーニーとの会話を言わなかったからわからない。


 バーテンダーが注文しなくても、私の好きなジンジャー系のカクテルをナッツ付きでスッと出してくれる。


 店内に静かなジャズ風のピアノの音楽が流れている。


「ずっと待ってるつもりだったんですわ」


 ポツリと話し始める。ずっと少女のままだと思っていたステラ王女もマリアも大人になっていく。


「でも待つだけの恋って、かなりしんどくありません?相手の言動一つで、浮かれたり、落ち込んだりしますわ」


 うん、そうねと私は頷く。


「こんなに苦しい気持ちになるなら、告白なんてしなければよかった」


 涙が滲むマリア。なんだか……私ももらい泣きしそうだった。


「セイラさんが原因ではありませんわ。わたくしのことはずっと幼い頃から見てきたから妹にしか思えないと言われましたの。この先もそれは変わらないと……」


「そうなのね……」


「でも最後に夜会で一緒に踊ってくれましたわ。その瞬間はまるで魔法が、かかったように幸せでしたわ」


 気持ちにいつかは区切りをつけなければ、前に進めない。わかってるけど、多くの人は本当に傷ついてボロボロになるまでできない。愛とか恋とかいうものは、自分の思い描く通りにはならなくて難しい。


「マリアさんは強いわ。自分の気持ちに真っ直ぐで、相手に向かっていく力があったもの。私なんて弱くて、逃げてばかりだったわ。どれだけ待ってもらったかわからないわ」


「わたくしもリヴィオお兄様も、血なのかしら?追いかけてばかりですわ」


 クスクスと笑いだしたマリアはすっきりとした顔をしていた。


「そうですわ。わたくしは弱くありませんわ。カムパネルラ公爵家の者は強いのですわ。ジーニーのことは、きっとこれからも大好きですわ。初めて口にした好きという想い、忘れませんわ」


 さて、とマリアは立ち上がる。


「帰りますわ。皆を心配させてしまってますわ」


 ギュッと私はマリアを抱きしめた。セ、セイラさん!?と驚く声。


「可愛い妹だもの」


 私は気の利いたことは何一つ、言えなかった。ただ、私はギュッとマリアを抱きしめたのだった。


 ありがとうとくぐもった声がした。


 マリアはそれから家に帰った。リヴィオは私にどうやって家に帰らせたのか聞きたそうだったが、特に何も言わなかった。彼がジーニーとした話の内容をやはり教えてくれなかった。


 今回はお互いに……何も言わないほうが正解だとわかっている。


 パチパチと燃える暖炉の前にいるアオだけは、真実を知っている。だけど興味なさげにあくびを一つして、眠ってた。

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