【激辛料理はお好き?】

 『海鳴亭』の料理人、レイチェルは料理に関して、とても真面目で真摯に取り組む女性だ。


「料理は出汁が基本よ。沸騰させすぎないで!」


 厨房で指示を出す彼女はキビキビとしている。朝食が終わり、夕食の仕込み中らしい。今日もきっと美味しい料理をお客様に届けるだろう。


 私は、そんな厨房の様子を見てから、受け付けでお客様のお出迎えをする。


「女将!この人、有名な人ですよ!」


 スタッフが耳打ちしてきた。


「激辛好きで、どんな辛いものでも平気とか言っていて、王都でパフォーマンスしていて、皆の前で食べてみせるんです」


 そういえば新聞にも乗っていたかもしれない。ニトロさんという若い男性の方だ。髪を赤く染め、目も赤い色だ。唐辛子のような人だと私は思いつつ、挨拶した。


「いらっしゃいませ。寒くなかったですか?どうぞ暖まってくださいね」


 私は暖かな喫茶コーナーへと案内しようとするとフッと前髪をかき分ける。


「いつも辛いものを食べて、体が熱い!こんな寒さなど大したことない!ハハハハ!」


 お客さんがニトロさんに気づき始めて、サインください!とサインしてもらっている。


「ハハハハ!仕方ないなぁ!『激辛王子 ニトロより』っと」


 激辛王子ーーー!?それなにーー!?私はサインを見てツッコミいれたいのを我慢した。笑顔を保ってご案内する。


「ふーん、激辛な景色だねー!」


 げ、激辛!?どんな表現なんだろう!?エレベーターで海を眺めながら、上の階へと移動すると嬉しそうにニトロさんはそう言った。


 その後、お風呂にゆっくりと入った後も……。


「激辛なお風呂だったよ!もう気分は激辛さ!」


 もう私は辛いものを食べていないのに舌が辛い気になってきた。


 事件は夕飯の時に起きた。


「なんだ!?この薄味は?」


「出汁といいまして、その……」


 ニトロさんが不満げに言い出して、スタッフが答えようとすると、言葉を遮る。


「もっと激アツ!激辛!そんなのを持ってきてくれないか!?」


「お客様は辛いものがお好みなんですね。今、料理長と相談して来ますね」


 スッと現れた私に、ニトロさんがそうしてくれたまえ!と言う。


「女将ーっ!良いんですか?レイチェルさんは出汁に命をかけてますよ!?」


 スタッフがそう言う。


「お客様に満足していただきたいし、とりあえず相談してみるわ」


 レイチェルは忙しそうであったが、フーンと言って、しばし考える。


「わかったわ!なんとかやってみるわ」


「えっ!?レイチェルさん、良いんですか!?」


 スタッフが驚いている。私はフフッと笑う。


「意外とレイチェルはお客様の反応とか知りたがるのよ。いつも食べてくれる人と、心を通わせて作りたいって言ってたもの」

 

 レイチェルは3種類の辛いタレを作る。ハバネロ、辛子、ショウガ。風味がどれも違う刺激のある辛さのものだ。


「このタレをつけて食べてください」


 持ってきたタレをレイチェルが並べた。ニトロさんが口に運ぶ。どのタレも試して見たあとに……すごいと言葉をもらした。


「辛いのにすべて違う辛さだ。素晴らしいアイデアだ!ありがとう。美味いよ!気分はもう激辛だ!」


「どういたしまして。……でもね。あんまり辛いものばかり食べてると体を壊すよ。時には優しい辛さのものもいいものよ」


 そう言って、最後にわさび風味のアイスクリームをデザートにしたレイチェルだった。


 ニトロさんは、少し驚いてレイチェルの顔を見た。体を労ってもらったのは初めてだと言って、アイスクリームを完食していた。


 その後、私は厨房に一枚の色紙をみつけた。


「こ、これは!」


 レイチェルがやれやれと両手を広げて言った。


「どうしてもお礼をしたいって置いていったのさ!」


『あなたの激辛王子ニトロ!また参上する!』


 そんなサインが書かれていたのだった。

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