五章
小さな手のぬくもり
スタンウェイ鉱山のメイソンとミリー夫婦に小さな命が産まれた。私とリヴィオはお祝いに訪れた。
「可愛いーーーっ!おめでとう。ミリー、元気そうで良かったわ」
「ありがとうございます。もー、産むときは死ぬかと思ったけど生きてました!」
フフッと冗談なのか本気なのかわからないことを言って明るく笑うミリー。
「うわー、小さいなー」
恐る恐る、リヴィオはまるで壊れ物を扱うように、チョンと人差し指でつついている。
「抱っこしてみます?」
ミリーがそう言うと、リヴィオが、どの敵に会ったときよりもヤバイという顔をした。
「怖いから、やめておく」
『は!?怖い!?』
その場にいたミリー、メイソン、私は驚きの声がハモってしまった。彼に怖いものがあったのか!?と。
「いや、おまえ、自分の子どもができたらどうするんだ?」
「世話をする乳母が普通にいるだろ?」
メイソンが呆れたように聞くとリヴィオはドーンとお坊ちゃん発言してきた。無言の私達の顔を見て、首を傾げる。
「貴族の家はそんなもんだろ?」
「だめです」「本気か!?」「リヴィオ……」
カムパネルラ公爵家の面々ならともかく、この場にいる人は誰も同意しない。リヴィオが、私達の反応に、うっ……となる。
「セイラだって、できねーだろっ!?」
「フフン。できるわよ!なにせ勉強済みなのよ!」
私にミリーが赤ちゃんをどうぞーと渡す。よーしよしよし!と以前より落ちついて、包み込むように抱っこした。いい感じです!とミリーも褒めてくれる。首を支えて……そーっと。
今こそ育児書を読み漁った知識を総動員よ!覚えているだろうか?お客さんが来たときにあやせなかった以前の私のストーリーを!
「なんでだよ!?いつ勉強したんだよ!?」
「旅館を始めた時、お客様に赤ちゃんがいて、うまくあやせなかったから、反省して勉強したのよ……どう?」
勝ち誇る私に悔しげなリヴィオだが、抱っこは頑なにしない。私はかわいー!と小さな温かいぬくもりに癒やされる。
「さあ!リヴィオさん、抱っこしてみましょう!レッツトライですっ!」
母になったミリーは以前も強い女性だったけど、今は更に強い気がする。リヴィオに有無を言わせない何かがある。
「ちゃんと首のところを支えてあげたら大丈夫です」
指導されて、恐る恐る抱っこしてみている。メイソンが心配そうに見守る。かろうじて、座りながら抱っこしている。
「う、動けない……」
リヴィオの様子に、ミリーとメイソンがククククッと笑いをこらえている。私はやれやれと両手を広げた。
「妹のマリアがいるのに、慣れてないのね……」
「妹のマリアはある程度大きくなってから、関わったし、オレは全寮制の学校に行っていたからな」
なんでも器用にこなすと思っていたのに意外な弱点である。ウェーンと赤ちゃんが泣き声をあげた。
「うわああああ!」
叫ぶリヴィオ。……動揺しすぎである。
「大丈夫です。お腹が空いたか、オムツか、どっちかです」
ヒョイッと抱っこしたミリーはオムツだわと呟く。メイソンが貸せと言って、赤ちゃんのオムツをテキパキと替える。
「えっ……すごい。メイソンが!?」
「協力的で助かってるけど、かなりの親ばかぶりよ」
「これくらいしか、できないからな!」
変われば変わるものだと私はマジマジとメイソンを見ると、ちょっと顔が赤い。
私は人差し指を赤ちゃんの手の中に指を入れると小さな手がギュッと握ってくれた。
「小さいけど、精一杯の生命力を感じるわよね」
ミリーがミルク飲んでるときや大泣きしてるときが一番感じますと言う。リヴィオも私と同じように指をギュッとしてもらい、おお!と驚いている。
「……オレたちが守る者はこれだよな」
ふとリヴィオが小さい声で、そう言う。
「リヴィオ?」
いいや、なんでもないと笑った彼は……なんでもないわけではなく、何かを決心した顔だった。
リヴィオの言いたいことは私は全部言わなくてもわかる。気づく。
私達は魔物をどうにかしようとしている。それは世界を救うとか未来の人達を守りたいという大きな漠然したものではなく、こんな身近な人達を守りたい。大切なお互いを守りたい。本当はそんな小さいことなのだと。
ナシュレの人達、王都の人達、ステラ王女たち、旅館を訪れた人達、楽しげにアイスを買いに来る女学生達、ジーニー、トトとテテ、ニナ、カムパネルラ公爵家の皆……数え切れない出会いを繰り返してきた。
「お二人共、なにか危険なことをしてるんじゃないんですか?」
ミリーが心配そうな顔になった。
「おまえら、無理するなよ。おまえらも、こうやって、家庭を持ってるんだ。平凡に幸せになることもできる」
ボソッとメイソンがそう言う。
「いや、その、まぁ……ありがとうな」
リヴィオが語れないことをお礼の言葉に変えて笑う。私はもう一度だけ赤ちゃんの顔を覗き込む。幸せそうに眠っていた。
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