2つの道と恋は実らない

 ミラが仕事の合間を見て、銭湯の建設地に顔を出してくれた。


「順調に進んでおります。お風呂スペースがこんなに広いものを作るのは初めてですが、面白いものができると思います」


 建築士のグレアムが進行状況をミラに説明している。しかし彼女は仕事モードではなく、私服であり、そっかーと適当に相槌を打っている。


「完成が楽しみー!ねぇねぇ!こないだクラリスとサンドイッチ屋さんに行ったんでしょ?今日は私に付き合わない?……仕事が大丈夫ならだけど」


 護衛に来ていたクラリスが、遊んでいたわけじゃないとミラにブツブツ言っているが、彼女はわかってるわよと適当に流している。


「ミラは仕事大丈夫なの?」


「陛下にお許しを得て来てるわ!」


 ピースサインをして明るく笑うミラ。確かに、今日は私服らしく、町の娘のような簡素な服を着ている。


 護衛している時の顔はなく、普段の気さくな彼女本来の姿が出ている。


「陛下はミラに甘いから、大抵は許すだろう」


 クラリスの一言にミラがほんの一瞬顔を曇らせた……が、気づかれないように微笑む。


「良いじゃない!?私、真面目に仕事してるんだし!クラリス、護衛を少しの間、代わるわ。お昼ごはんでも行ってきなさいよ」


 追い払われるクラリス。


「さて、どこか行きたいところある?」


「うーん……本屋さんかな?」


 その言葉にミラが半眼になった。


「それはクラリスも喜ぶコースね。……じゃなくて、私と女子的なコース行きましょうよ!女子は女子同士の楽しいコースがあるでしょう?」


 私はミラが若くて普通の女の子であることを忘れていた。口を尖らせた彼女を見て、クスクスと可笑しくて笑う。


「良いわ!じゃあミラの好きなところへ連れてって!」 


 いいの!?じゃあ、行きましょうよ!とミラは張り切る。私は同年代の友達とあまりこうやって街を歩いたことがなかった。もしかして彼女もそうなのかもしれない。


 二人でキラキラした装飾品のお店を見て、ペンダントや髪飾りを眺めたり、雑貨のお店では小さな木工品のアヒルや猫を可愛い!と手に乗せてみたり、市場の屋台で手軽に食べれる揚げパンや肉の串焼きを買って食べ歩きしたりする。


「久しぶりに楽しい!いつもの神官服を着てるとできないから、最高よ!」


 それで、私服で来たのか……と気づく。満足そうなミラはとても楽しそうだ。

 

 時計台のある噴水広場のところのベンチに座る。吹き上がる水がキラキラと太陽の光を浴びて煌めいている。サァサァという心地よい水の音も良い。


「ミラ、ジュースをどうぞ」


 私は屋台で買ってきた果実ジュースを手渡すと、ありがとうとお礼を言うミラ。


「セイラは楽しい?」


「もちろん!私、ずっとこんなふうに同年代の女友達と街で遊んでみたいとは思っていたんだけど……なかなかできなかったから、楽しいわ」


「同じくよ……ずーっと師匠と山奥に暮らしてて、やっと王都デビューと思ったのに、王都の白の学院で学び始めてからも忙しいし、陛下のための神官になっちゃったし、行きたいお店は山程あるのに!」


 今日はゆっくり休暇よ!と二人で顔を見合わせて、笑い合う。


 生活にあってもなくても良いような、取るに足らないものだけど、可愛い物ってつい買っちゃうとミラは買い物袋を見せる。


「ブローチ可愛い!貝とガラスでできてるの?」 


「そうみたい。鳥の形で良いでしょ?バックやコートや帽子につけても良いらしいわ。セイラの買っていた万年筆も素敵だったじゃない?……ウフフ。もしかしてプレゼント?」


 ギクッとしたが、隠すことでもないので、ちょっと赤面しつつ、そうよと頷いた。


「こないだの彼ね!?良いなぁ。二人で守護者か……運命って感じで素敵!どんななれそめか聞きたいわ!」


 ミラが両手を組んでキラキラと目を輝かせて恋する乙女的なポーズをしている。


 ……いや、どこから?話す?前世?そこはいらないわよね……?私は馴れ初めと言われると、どのあたりから話せばいいのか?悩む。


「えーーっと、難しいこと聞いちゃった?」


 申し訳なさそうに言われる。


「いえ、どこから話せば良いのかわからなくて。こういうトーク、慣れてなくてごめんなさい。ミラは陛下とは……聞いてもいいのかしら?たぶん想い合ってる気がしたんだけど。勘なんだけど」


 ミラはスッと真顔になった。やはり、あまり聞かないほうが良かったのだろうか……。彼女は困ったように笑う。


「まぁ、いずれ噂で聞くかもしれないわね。そう。陛下から王妃にと言われたことがあるわ。……でもね、師匠からは将来的に大神官長になってほしいと言われてるの」


「王妃と大神官長!?究極の二択じゃない!?」


 そうでしょ?とベンチに寄りかかる彼女。若いミラには重すぎる話らしい。いや、誰にとっても重い二択ね……極端すぎるわ!


「王妃は無いわ。私、孤児なのよ。師匠に才能を見出されて子供の頃にお金と物で買われたわけ。出自のわからない者を王家が受けいれるわけはないわ。愛妾なら良いと周りが言ってるのを聞くし言われるし、嫌な気分よ。大神官長が愛妾などになろうもんなら、他国に侮られるわ。それはこの国のためにもならない」


 ……私は呆然として話を聞いた。二人の関係がこんなものだとは思わなかったのだ。聞かないほうが良かったのだろうか?


「陛下が私を諦められないなら、時期を見て離れるしかないの」


「えっと……でも……ミラは……陛下のこと好きなのよね?」


「それを口にしたら本当になりそうだから、絶対に口にしないわ。臣下として友として忠誠を誓う、陛下とこの国を守るための神官でありたいの」


 だから旅館でも、ミラは仕事だと言って距離を保っていたのか……。


「どっちの道も選べない。そんな日が来ることを私は覚悟してるし、していなければならない。そもそも大神官長の方だって、私はそんな器もないし」


 ミラの深い藍色の目の色が深海のように沈んでいった。私にはどうしようもなかった。ただ……彼女を待つ未来の話をただ静かに聞くしかなかった。

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