思い出は遠くなりて
アサヒとヨイチが『花葉亭』に遊びに来た。
「すごい!ホントに温泉旅館だなっ!」
アサヒが無邪気にキョロキョロと見回す。いつも冷静なヨイチすら驚きをかくせず、提灯に触れてみている。
「僕たちのように術で構成されたものではなくて、ほんとうに素材から作ったものだ……すごいな」
私はニコニコとして二人にお茶を淹れる。
「多少、こっちの世界に寄せた部分もあるわ。でもなによりも、ナシュレの職人さんたちのおかげよ」
『すごい』を連発する彼らに私はお茶菓子も勧めた。
「みたらし団子!?」
「ずんだ餅、醤油ダレ、あんこの3種にしてみたわ」
3色の串に刺さったお団子。懐かしそうに手に持って、パクリと口にするアサヒとヨイチ。
『うまーい!』
二人の声がハモった。
「掛け軸の書を旅館に置きたいんだけど『花葉亭』『海鳴亭』の物をお願いしてもいいかしら?」
『もちろん!』
二人の顔がパッと明るくなった。二人の本業は書道家と言っていたので、頼んでみたくなった。リヴィオが言うには、なかなかの腕前だそうだ。
「お風呂にも行ってみたいなー!」
アサヒ、落ち着けよとヨイチが言うが、止まらず、ドタバタと部屋から出ていった。
「アサヒーっ!待ってくれよ!……いつもこうなんだからなぁ」
そう言いながら、タオルを引っ掴んで追いかけるヨイチ。客室係が賑やかですねーと楽しそうに笑った。
「無邪気な少年たちですけど……どことなくリヴィオ様や女将の持つ雰囲気と似てますね」
鋭いことを言われてしまう。それはたぶん違う世界の雰囲気みたいなものなのだろう。
夕食にも驚いていた。
「日本の会席料理っぽいぞー!」
「僕たち……帰ってしまったわけじゃないよね」
そんなことを言いつつ、盛り付けが綺麗だし、美味しいし、サイコーだよと食べる二人。作っているのは、異世界の料理人なのに良い腕前だと、茶碗蒸しや天ぷらなどを口に運ぶたびに感動していた。
ふと、ヨイチがアサヒに言う。
「もう、かなり昔になるけど、家族で旅館に泊まったことあるよね……似てないかい?この旅館に?」
アサヒは茄子の煮浸しをヒョイッと口に入れて、そーだなーと考えてみている。
「似てるかもしれないな。セイラさん、どのへんに住んでたの?」
「それは……」
アサヒの問いに私が答えようとすると、ヨイチがハッ!と我に返って、ストップ!と言う。
「やめとこう。ごめん、僕が言い出したのに止めてしまって……これ以上あちらの世界の話はしたくない」
アサヒがニヤッと笑う。
「意外とヨイチ、感傷的になるんだよなー」
そんなんじゃないよ!とヨイチは怒る。この双子は不思議だ。帰りたくないと言っていたが、本当はどうなんだろうか?シンヤ君はたまたま帰れた。それはリヴィオという同じ魂を持つ者が存在し、その後の運命を引き受けたからに違いない。
じゃあ彼らは?どうやったら帰れる?でも帰りたいとは思わないと言っていたから。余計なお世話かもしれない。
「そんな意味じゃないんだ。セイラさんにそんな顔をさせてしまって、すみません。」
ヨイチが私の表情を読む。アサヒがアハハと笑い飛ばす。
「ヨイチ、ご飯、終わったら、もう一回風呂行こうぜー!」
「あっ!そうだ!最低3回は温泉入りたいね」
二人はデザートのフルーツとブドウのシャーベットを食べながら、そう言う。お風呂に3回……さすがわかってる!今日2回、明日の朝に1回だろう。私は思わずクスッと笑う。
「自動販売機にもドライヤーにも部屋にあった冷蔵庫も驚いた!セイラさん、再現率高すぎて、笑った!」
「そ、そう?欲しい物を考えていたら、こうなっちゃったのよ」
褒められているのかな?と私は思っていると
私をジッと見る、アサヒの眼差しに気づく。
「オレの気のせいかな?どっかで会った気がするんだよなぁ。初めて会った時、懐かしい気がしたんだ。ヨイチは思わなかったか?」
「アサヒ、そういうの、やーめーろーって!」
行くよとヨイチに連れられて行った。
私は二人を見送りながら、確かに私もアサヒのように少し思っていたのだ。『どこかで会った』ことがある。そう思っていたが、あり得ないと思い、口にはしていなかった。
その後、二人は温泉旅館が気に入ってくれ、時々遊びに来るようになった。
ヨイチやアサヒとカホとシンヤ君の住む海の見える街で会ったのだろうか?私は記憶を辿るが、曖昧で思い出すことはできなかった。
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