王国に住まう権利
『トーラディム王国居住許可証』例えて言うならば、国籍のような住民票のような物だ。この許可証が無ければ、トーラディム王国に住むことは許されない。
魔物が唯一入らない国。守られた国。それはまるで楽園のように外の国は見えるだろう。
だからガイアス王国の者が黒龍を狙ってわざわざウィンディム王国に神様を強奪しに来ていた。
「なかなか発行されないものなんですが、スゴイ人なんですねー」
「えっ……そんなことはないわよ」
私はトーラディム王国の新進気鋭の建築士であるグレアムと銭湯の建設地にいた。王都内の土地を与えられ、着々と勧めている。
「いや、知る限り初めて見ました。何者なんですかってことは置いといて、この建築の図面はいいですね!素晴らしいと思います」
「ベント=アルーダという建築士が書いてくれたのよ。これにこの国風のアレンジをしてもらってもいいし何か案があれば教えてほしいわ」
了解ですっ!と若き建築士は張り切っている。図面と土地のにらめっこをしている。すごい集中力で私の存在は忘れているようである。
「陛下より、護衛の任と王都で不都合のないようにと仰せつかっております。なんでも仰ってください」
やや暇そうになった私に、そう表情を動かさずに淡々と言うクラリスという男だった。ミラと同じような動きやすそうな白い神官服を着た、真面目そうな黒髪の青年だった。
「もうお昼だし、軽く食べれるお店とかあるかしら?美味しいお店教えてくれると嬉しいんだけど……グレアムさんはお昼一緒に行きますか?」
グレアムはお弁当ありますから大丈夫ですとやんわり断ってきた。そしてお昼を食べるのを忘れそうなくらい楽しげに図面を見ている。
「お店ですか?」
まさかお店を聞かれるとは思ってなかったらしく、クラリスは少し驚いている。しばし考えてから、街の中を歩き、案内してくれる。
「サンドイッチ屋でいいですか?ここ、サンドイッチも美味しいのですが、ホットドッグがオススメです」
私はメニュー表を見て、なるほどーと頷いた。
「パンの種類と具材の組み合わせは自分で選べるのね」
「そうです。スープはセルフサービスになっていて、おかわり自由です」
トマトのスープ、コンソメスープ、冷製じゃがいもポタージュが並んでいる。どれも美味しそうだ。どれにしようか悩んでしまう。
ふと思う。……サニーサンデーのお店を出店したら?どうかしら?
いや、待って。先に温泉よ!危うく脱線しかけた思考を戻す。
「じゃあ、スパイシーソーセージとサワーキャベツのホットドッグにマッシュポテトを添えて。それとアイスカフェラテください」
スープはトマトのスープにした。周りをみると学生風の神官が多い気がした。
「神官の学生さんたちは、よくこのお店にくるんですか?」
「白の学院と呼ばれるところで神官になるべく多くの人が学びます。神殿の隣に建てられているのが学舎です」
クラリスが教科書を読み上げるように、そう言う。私が聞きたかったのはそういうことではなかったのだが、クラリスはなかなか事務的な態度を崩さない。
「ミラも白の学院にいたの?」
「詮索はあまりしないほうがよろしいかと思います。まぁ、隠すことでもなく、神官である以上は白の学院出身者ですが」
私、なんだかクラリスに怪しまれてる感じがする。他国の人だし、当たり前なのかな?
オーダーしたものが来て、景色の見える窓際の席で食べる。クラリスは仕事中ですのでと言って、食事はいらないと言い、周囲を注意深く警戒している。刑事さんのようである。
クラリスが食べないので、なんとなく気が引けたが、お腹は減ってるし、食べることにする。
「うわ!美味しい!パリッとしたソーセージにキャベツとパンが合う!」
ジュワッとソーセージから染みる肉汁にスパイシーな香辛料はピリ辛で香りが良い。辛さと添えたマッシュポテトが合う。
「クラリス、美味しいお店を紹介してくれてありがとう!」
クラリスは私のお礼に目をパチパチさせ、無表情だった顔が少し緩んだ。
「い、いえ、こんなお店でいいのか?と思いましたが……このホットドッグ用に合わせたソーセージ作りをしてるらしいです。気に入ってもらえて良かったです」
説明を聞いてなるほどと頷く。トマトスープも酸味と野菜の甘みがでていて美味しい。
「あの……聞きたいんですが、これは内密だと陛下より言われてるんですが……」
「なにかしら?」
「黒龍の守護を持つ者だと……」
そうよと頷く。
「まさかトーラディム王国に住まな………」
「それはないわ。温泉というものを作りに来ただけよ。お風呂をね」
私は手をパタパタ振って、クラリスの言葉を遮り、すぐ否定する。
「お風呂をわざわざ!?神様を持つ者が!?そちらの国ではいったい守護者をどんな扱いしてるんですか!?あなたも相当変人では……あ、すいません」
「正直者で良いわね。良いものは普及させたくなるの。きっと気に入るわ。皆を癒やす温泉をね!」
「はあ………温泉ですか……?」
謎が解けないという顔をしたクラリスだったが、最初の頃よりは私に慣れたようで無表情を崩していた。
「黒龍の守護者というのは、ずいぶんフレンドリーすぎます」
「まぁね……うちの国は平和ボケしてるって言われたわよ」
プッと吹き出すクラリス。確かに!と言われてしまった。あなたを見ているとわかります……と。
平和な私の住むウィンディム王国、そして私の家。その幸せは普段はあまり気づかない。だけど、他国に来てみて、初めてわかるありがたく貴重なものなのかもしれない。そう思ったのだった。
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