星を詠む者
夏の夜空に星が綺麗に見える頃、『花葉亭』に珍しいお客様が来ていた。
星を詠み、未来を教えてくれる占者アリス。有名な人で、私も名前は聞いたことがあった。
複雑な刺繍の模様があるフードを深く被っていて、そこからは長いウェーブしている金の髪と神秘的な濃い紫の目が覗く。
「一度、噂の温泉旅館に来てみたかったのよね」
声音は少女で、背が低いので幼くみえ、何歳かわかりにくい。
「いらっしゃいませ。どうぞゆっくりお過ごしください」
私が挨拶すると、ジッと見られた。
「ふ~ん。あなたが女将なのね。温泉旅館を経営してる変わった貴族って聞いていたけど、若いのね。おばさんかと思ってたわ。噂で想像していたより地味ね」
物怖じせず、思ったことは口にするタイプの人らしい……でも裏表なくて良いのかもしれない。
「そんな噂があるんですね。お部屋へ案内しますね。どうぞこちらへ」
私は部屋へと案内する。季節のお茶菓子の夏の涼菓、水まんじゅうを出す。
「うわっ!なにこれーー!ツルッとして面白い食感ね!中に入ってる黒くて甘い物も美味しい!変わったお菓子ねぇ。もう一個食べたいわ。持ってきてちょうだい」
お茶と交互に飲んで食べて、よほど気に入ったらしく、なんと5個もペロリと食べてしまった。
お風呂は大浴場ではなく、人に肌を見せるのはイヤと言って、部屋についているお風呂にしたようですとスタッフが言っていた。特別室なので、それも有りだろう。
「あの占者さん、詐欺師じゃないですよね?」
スタッフがそう言う。私はえっ?と聞き返した。
「あ、すみません。お客様のことを悪く言うつもりはないんです!でも……噂の占者様にはどうしても見えなくて……」
「星を見るだけで、未来を当てる。神秘的な星の占者アリス様という雰囲気はないですよね」
「数多くの貴族たちが占者アリス様を呼んで占ってもらうのが、流行ってるそうですよ。けっこう当たるとか。あのお客様、まだ幼さそうですし、そんな占者には見えないです」
詐欺師かもしれないというスタッフの心配はともかく、私は大丈夫よと笑った。
「本物でも偽物でも、占いをお願いするわけじゃないし、お客様として泊まってるのだし、いつも通りおもてなしをしましょう。もし不安なら私が接客するわ」
見た目ではわからない。それはエスマブル学園の時によくわかった。才能がある者は小さかろうが若かろうが、力を発揮する。年齢では測れない。
「お風呂もサイコーだったわ!温泉って疲労がとれる感じがする!気に入ったわ」
夕食のお料理を食べながらホクホクとした顔で幸せそうに少女はそう言う。
「気にいって頂けて嬉しいです。温泉にはいろんな効能ありますから、また朝風呂もどうぞ」
「そうね!朝にも入るわ!」
フードをとった彼女は普通の少女のようにそう言って、笑っていた。
仕事を終えて、帰ろうとするとリヴィオが迎えに来ていた。
「どうしたの?ビアガーデン?」
お風呂へ行き、ビアガーデンの流れが最近のお気に入りと知っていて、からかうとリヴィオは半眼になる。
「仕事早く終わったし、今日は『花葉亭』にいるっていうから、たまに迎えに来たんだ。いいだろ」
「冗談よ。散歩して帰りましょう」
そのつもりだったと手を差し出す。その手をとろうとした瞬間、声がした。
「素敵な温泉のお礼に、一つ占ってみたわ」
リヴィオが誰だよと言う。占者アリスは無視して続ける。フードを被り、星空を見上げている。
「二人の星は特別大きく明るく輝きを放っている。だけど、このまま二人でいると、どちらかの星は流れ落ちてゆく。どちらか一方の星の命の火は消えるだろう」
「は!?何を言ってるんだ!?」
アリスの不吉な言葉にリヴィオが語気を強めて聞き返す。だが、聞こえていないように、動じず彼女は身を翻して去って行く。
私は占者アリスの説明をすると、リヴィオは占いなんて馬鹿らしいと言う。
「どんな不吉なこと言われようと、何か起ころうと、ねじ伏せるだけだ」
「リヴィオらしいわね……」
彼らしい答えに私は笑ってしまったが、不吉な言葉は胸に残った。
次の日の朝、昨夜は夜道で……と私が言いかけるとアリスは不思議な顔をした。
「えっ?昨夜?旅館から出てないわ」
そうですか……と私は狐に包まれた気持ちで、そう言うしかなかったのだった。
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