温泉旅館へ招く客

 初夏の頃だった。人目を惹く二人が現れたのは。


「ま、まさか本当にいらっしゃるなんて……」


 特別室を予約した彼はニッコリと笑う。初夏の空のような色をした瞳の色が綺麗だ。


「本気だったんだけどな。お忍びだから、そう長居はできないのが、残念だよ。ね、ミラ?」


 トーラディム王はそう言って、護衛しているミラに言った。 

 

「今回だけよ!?バレたら私、神殿から怒られるし、首になったらどうするの!?……師匠なんて留守番と王国の守護を任されて、不貞腐れてたわよ。温泉行きたいですーとしつこく言っていたし……」


「大神官長には俺と君がいないなら、王都に居てもらわないとね。なにかあれば、道を使ってすぐ戻れるから大丈夫だよ」


 神の道を通ってやってきたらしい。ドキドキしているミラを横目に余裕の陛下。


「王になるって、ほんとに不自由なものだよ。かわいそうだと思わないかい?即位してから毎日毎日、仕事ばかりで自由時間なんて皆無だし……」


 そう言って、悲しそうになる王に、ミラはだから息抜きに付き合ってるんでしょ!と言う。

 悲しい雰囲気を装っているが、明らかに彼女をからかっている。


 私は料理を並べていく。夏を感じられるナスの田楽、トマトサラダのジュレ、魚のマリネなどの前菜を置く。


「へぇ!綺麗な盛り付けだね。夏らしくていいね!お皿も独特で、見たことない模様だ」


 和風の柄のお皿に興味を示している。


「ミラ、座って一緒に食べよう?」


「私は仕事中なの!」


「せっかく二人分あるのに?食べ物が無駄になってしまうけど?……ここではトーラディム王国の者は誰もいないし、見ていない」


 最後の一言が決め手だったのか、少しの躊躇いの後で、大人しく座った。


「お料理の後は温泉へゆっくり入ると疲れもとれますよ。準備しておきますね」


 私はそう言って笑った。二人の関係はただの王と護衛ではないのでは?とさすがに私も気づいている。特に王がミラを見る目は優しい。


 この微妙なバランスの関係は私も身に覚えがある。なので、口には出さず、二人を見守っておく。


「……テンプラ?サクサクしてて、美味しい!チャワンムシ!?もこの滑らかな舌触りと優しい味が!美味しすぎる」


 料理を食べ始めるとミラは幸せそうに頬に手を当てて味わっている。その様子を嬉しそうに……本当に嬉しそうに見つめるトーラディム王。


「レシピよかったらもらえますか?これ門外不出とかだったりしますか?」


 そんな大層なものではない……ミラは大真面目で言ってるようだが。そういえば彼女の師である大神官長様も茶碗蒸しのレシピを欲しいと言って持って帰った。似たもの師弟だーと思いつつ、口には出さず快諾する。


「大丈夫ですよ!後から差し上げます。意外と簡単なんですよ」


「本当に!?」


 やったーと少女の雰囲気を残す、年相応の表情になって、喜ぶ彼女を見つつ、冷酒を飲んでいる陛下が言った。


「女王陛下からの書状は読んだよ」


「は、はい……それで……」


 ふと話が真面目なものになり、私は驚く。


「魔物の発生については、こちらの大陸で詳しく調べるよ。この件については一度、預からせてくれないかい?」


 私はジッとトーラディム王を見た。空色の目と視線がぶつかる。表情を変えない柔らかな雰囲気からは何の意図も読み取れない。


「よろしくお願いします」


 それしか私は言うことができなかった。


「さて、メインのお風呂に入ろう!ミラは……」


「セイラさん!いっしょに大浴場に行きましょう!温泉の極意、教えてください」

 

 ミラが慌てて、私の手を引っ張り連れて行く。陛下の護衛はどうしようと思ったところにリヴィオが部屋の外に待っていた。護衛を頼む。


「へっ?一緒に風呂行くのか?……まぁ、いいけど。光の鳥の守護者に護衛いるのかよ?」


 ごもっともな意見。たが、トーラディム王になにかあれば国際問題である。リヴィオはそう言いつつも、部屋へと入っていった。


 ミラはありがとうございますと丁寧にお礼を言う。


「良いんですよ。毎日、陛下もミラさんもお仕事大変なんですね」


「私のことはミラと呼んでくれて大丈夫です。セイラさんと仲良くなりたいし」


 ニコッと人懐っこい笑みを浮かべた。少しずつ気持ちがほぐれて来たのだろう。


「じゃあ、私のことはセイラで!敬語もいりません」


 私とミラは顔を見合わせてフフッと笑った。

 

 一緒にお風呂へ入りながら、温泉の効能にミラは何度も感心し、ぜひ王都トーラディアに作って欲しいと言う。


「私、闘うために訓練した神官なの。傷も絶えないし、仕事も過酷だし、温泉があると、他の神官達もとても喜ぶと思うの」


「わかったわ。皆が癒やされる温泉を作る!約束するわ!」


 湯気の向こうで、ただの女の子になっている彼女は早く作ってー!楽しみー!と笑っていた。私は嬉しく思いつつ、了承した。


 陛下もたいそう気にいって、私はトーラディム王国にも温泉を作る認可を得たのだった。


 しかし私はどうしても引っかかるものがあった。それをリヴィオだけに話す。


「トーラディム王は魔物について調べると言ってくれた。でもあまり乗り気ではないと感じたのは気のせいかしら。これは私の勘なんだけど……」


「セイラの勘はよく当たるからな」


 そう言って、リヴィオは苦笑したのだった。道は険しい気がした。

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