【勝負のお風呂】

 時々、トーラディアの図書館へ私は通っている。ここにはウィンディム王国に無い書物がたくさんあり、私の興味と読書ペースが追いつかない。トーラディム王より、王立図書館の使用許可書を頂いた時の嬉しさはもう言葉に表せない。


 ……なので、最近、寝不足の日々だ。


 でも仕事は仕事だ!きっちりこなすわよーと旅館へ向かう。


 今日のお客様のチェック、それから料理長とメニュー確認。室内の清掃は行き届いているか、スタッフが困っていないかなど、館内を見て回る。


 お風呂まで来たとき、トーマスに頼んでおいたものが届いていた。


「女将、なんですか?それ!?」


 スタッフが不可解な顔をした。


「菖蒲よ。薬草としても使ってるけど、この季節のお風呂にもいいのよ」


 バサッと菖蒲を置く。キュッと緑の草の束にして結び、お湯の中へ入れた。


「うわぁ!なんか爽やかな香り!」


「菖蒲は香りで厄払いになるのよ。効能はリラックス効果に肩こり、冷え性や、筋肉痛とかにも良いし……」


 と、私が説明すると、スタッフが流石ですと褒めてくれる。 


「女将の気配りはすごいです!今日のお客様に合わせているんですね!」


「ええっ!?」


 合わせて……?と私は今日のお客様名簿を頭に思い浮かべた。


「格闘家のテオ様がいらっしゃるんですよおおおお!わたし、ファンなんです!今日と明日、ナシュレでの格闘技大会あるじゃないですか!」


「そういえば、あるわね」


 大ファンらしく、スタッフがテオ様の体を癒やすためのお風呂なんですねー!と感激して行ってしまった。


 そんなつもりなかったのよと言おうとしたが言えなかった。感激しすぎていて……。


 旅館に来たテオ様は元気がなかった。青あざや体に打ち身の傷がある。大丈夫ですか?と聞くのは失礼にあたるかもしれないと思い、言わずに見守ることにした。


「今日の試合は負けてしまった……あと少しというところで勝ちを急ぎすぎてしまった。悔しい負けだった」


 ガタイの良い、20歳後半といった青年はそう言い、肩を落とした。


 客室にはスタッフと私しかいないので、ポロリと本音がでたのだろう。


「そうでしたか……でも明日も試合があるとか?今日は温泉と美味しい料理で体を回復させて、明日に備えましょう!お風呂は菖蒲湯なんですよ」


「ショーブ?……湯?」


 私が効能を説明しようとしたが、バッとタオルを持つテオ様。


「それは!勝負に効きそうだ!行ってくる!!」


「えーっと、その勝負じゃ……」


 私の言葉を聞く間もなく、慌ただしく大浴場へと消えていった。凄い勢いだ。


「夕飯はカツ(勝つ)カレーにしてあげようかしら……?」


 そう私は呟き、頬に手をやったのだった。次の日、テオ様はイキイキと輝いていた。


「爽やかなショーブのお風呂には驚かされた!体も軽いし、勝てそうな気がしてきた。ありがとうございました!」


 そうお礼を述べ、試合へ意気揚々と向かっていった。大ファンというスタッフが試合の結果を教えてくれた。


「もー!すごかったんですよ!テオ様の体の使い方が軽やかで、相手を翻弄し、ここぞ!というときにキメるんですよおおお!大勝利でした!」


 女将も今度、観に行きましょ!と誘われる。


「へー!どんなんだろう。でも格闘技かっこよさそうね!」


「とってもカッコイイですよ!!」


 プロレスみたいな感じ?私は微笑ましく楽しげなスタッフの話を聞いていたのだった。


「菖蒲湯と勝負湯かー。シャレになっちゃったなー」


 私も緑の葉が出す爽やかな香りに包まれてお風呂に入っていた。湯気がフワフワと天井に立ち上ってゆく。


 手足を伸ばして、ふぅ……と息を吐く。


 温まってくると、寝不足の体に染み渡る感じがしてきた。いつもよりゆっくりとお風呂に入って出た。


「フンフフーン♪フフーンフーン♪」


 そこへちょうどアオが鼻歌を歌ってやって来た。


「あら?アオもお風呂?」


「なにやら香りの良いお風呂と聞いたからのぅ。妾も入ろうと思ってのぅ」


 誰に聞いたの?と私が言うより先にリヴィオだと気づく。すでに入浴済みで、首にタオルを下げて、アオを追いかけてきていた。


「セイラ、帰ってきてたか!おい、アオ忘れものだ」

  

 リヴィオはチョコンとアオの頭にミニタオルをのせた。


「な、なに!?この可愛いの!?」


「メイドがアオ用に作ったそうだ」


 これは可愛い。アオがいいんじゃが、なんかペットになっておらぬよな?と、複雑そうな顔をしたのだった。


「勝負に勝つ!菖蒲湯って聞いたぞ」


「どこで!?」


「格闘技大会のイベントにオレも行っていたんだ。『剛力のテオ』が挨拶で言ってたぞ。ナシュレの温泉のショーブ湯のおかげですってな」


 私は目を丸くした。そんなところで!?


「なんのことだ?と思ったが、風呂に入ってわかったよ!アハハ!」


 リヴィオが笑い出す。アオは勝負に勝つ!とはいいではないか!と尻尾をフリフリさせて風呂場へ言った。


「嘘は言ってないのよ!?」


 私はそんなお風呂ではないので、焦る。


「いいんじゃねーの?勝負に勝つ効能があると思って入ればそうなるだろ。思い込みでもなんでも力が湧いたんだ良いことだ」  


 そうリヴィオは言った。


 菖蒲湯はしばらくナシュレでブームとなったのだった。

  


 


 




 


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