女王陛下の書状

 春の夜は更けてきて、静かな時間を迎える。


「これで、オレとセイラは三つの国の守護者たちと接触したわけだが………」


「そうね。魔物の発生装置があるとしたら、トーラディム王国の北ということだけで、正確な位置がわからない。あの国で調査するしかないわ。トーラディム王に協力を得たいけど……どうかしらね」

 

 リヴィオは暗い影のある表情になる。それはシンの時の記憶を辿るときに見せる顔。


「シンだった時も、協力を得たいと、そう思ったんだが、無理だと諦めていた。なぜならトーラディム王国に利点はない。神に護られているから自国はそんなに困っていない。わざわざ危険を侵してまで、他国のために動くか?」


「でも私達が、勝手にあちらの大陸で行動していたら不審がられるわよね」


 それに、どう考えても私とリヴィオの力だけでは無理である。魔物の発生装置をみつけるまでも協力が必要だ。特にトーラディム王国の力が。


「素直に頼んでみるしかないわね」


 じゃ、とりあえず話だけはしてみるか……とリヴィオはやや投げやりだ。


 そして、さて、寝るかーとニッコリとした。


 枕元に置いてあった、私の読みかけの本をポイッとベットの外へやる。


「ああっ!?私の本がっ!?なにするのよー!」


「最近、根を詰めすぎてる。休憩も必要だろ」


 いや、勉強じゃないのよね。本は大好きで、楽しくて、つい夢中になってしまってる。趣味だし、苦痛ではない。寝不足気味かもしれな……あ、もしかして?


 ……と、そこで気づく。最近、リヴィオは私が読書に夢中で放っておかれて、やや拗ね気味だと。


 やれやれと私は両手を広げて、嘆息する。たまーに子供っぽくなるのよね。


「もしかして拗ねてるの?」


「寝室は世界のための会議室じゃねーし、拗ねてもいないし!」


 私に呆れたような反応をされたのが気に入らず、子供っぽくムキになって彼は言い返し、グッと私の手を引いて、自分の方へ引き寄せた。


「ええええっ!?か、顔が近いんですけど?」


 赤面し、動揺する私に、満足そうに笑ってリヴィオは言った。


「傍に来るように、寄せたんだから当たり前だろ。たまには本じゃなくて、オレも見ろよ」


 ……やっぱり拗ねてるんじゃないのっ!


 私は金色の目に射抜くように見つめられ、動けなくなったのだった。


 その数日後に陛下にトーラディム王国の報告をしに謁見室へ行くと……やはり女王陛下は聡明な方であった。


 私達が頼む前に自ら、わかっているとばかりに、話を進めだした。


「妾が書状を書く。世界の平和のために共に手を取り合い、魔物を倒す。……我々の国は魔法の衰退が甚だしい。それを止めるために学び舎を増やしてはおるが、魔物を一掃することが一番の解決策ではないかのと思っておった」


 陛下もそう考えていてくれたことに私とリヴィオは安堵した。


 宰相のハリーがその様子に気づき、私達に微笑んだ。


「お前たち、考えがあるなら、話しなさい。ウィンディム王国が力になれることはする。陛下もそうお考えだ」


「そうじゃ。そなたらだけの問題ではない。しかし一つ、忘れないで欲しいことがあるのじゃ」


 女王陛下は私達に、受け入れてもらえるだろうか?と、そんな躊躇った雰囲気で言う。


「黒龍の力を使い切るな。黒龍が力を失えばこの国の黒龍の結界もなくなり、魔物の侵入を許すこととなろう」


 確かにそうだ。


「よいか?無理だと思ったら手を引くんじゃ」


 リヴィオや私の性格を知っているからこそ。女王陛下は釘を差しているように思う。


「忘れてくれるな。この国の民を……」


 しかし、それは他の守護者も同様だ。皆が民を抱え、守っている。どこまでできるだろう?


「わかりました。陛下の心配はごもっともだと思います。黒龍の力を使い切ることはしないと約束いたします」


 リヴィオはそう丁寧に答えた。女王陛下がありがとう。頼むと言った。 


「『黒猫』が一番飛び込んでいきそうじゃが、セイラも無理するのではないぞ。そなたらは妾の民である。本来は守ってやるべきだが、頼ってすまぬな」


「いいえ、陛下のお心が嬉しいです」


 私は少し感動していた。王家は私達に任せてしまっている。そう思っていたが、ちゃんとこの国の先を考え、陛下は頼んでいる……聡明な方であると私は心から思ったのだった。


 世界が動こうとしている。そんな始まりの時を感じた。


 陛下の後ろには知識の塔の三賢者がいたことを後で知った。賢者達は政治にあまり関わらないのだが、魔物の発生を止めるべきだと話したらしい……と、ジーニーから聞いた。


 賢者は知識から未来をも予測できる。『千里眼』とリヴィオが以前、そう称したが、その通りなのだ。魔物がいる世界……賢者達の未来予測では、いずれ人は滅びる。


 この明るい世界が黒く塗りつぶされる。たとえ私がもういない未来だったとしても、そんな未来は嫌だった。

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