裁く者と償う者

 フェンディム王国はいつ来ても暑い夏なの?と気づく。ムッとするような夏の暑さを感じ、陽射しも強い。


「あっちじゃ……」


 アオが示した方向には大木があり、リヴィオと父が立っていた。ザアッと草原の草や木々が夏風に揺らされた。


 私が駆けていくと父の叫ぶ声がした。


「わたしのせいではない!わたしは被害者だ!神を捕らえるための依り代にされたのだから!」


 この国の神を捕らえた?私の足が止まった。この話……とてつもなく大きなことなのではないだろうか?


 アオがトコトコ私の前を歩いて行く。


「聞くのじゃ。……神を操ろうとした王国の末路をな」


 小さな黒猫は怒っている。黒い艷やかな毛並みがざわりとしているのを感じる。


 リヴィオがこちらに気づいて苦笑した。父は畏怖の表情を浮かべて私と彼……そしてアオを見ている。


「やっぱり来たか」


「リヴィオ!いったい、なにをするの!?」


「セイラなら、知る方を選ぶと思ったよ」


「ジーニーを止める役に呼びつつも選択権を残してくれていたわけね……」


「まぁ、仮にもセイラの父だからな。裁くのはセイラに任せたいとは思っていた」


 私とリヴィオが話していると父が弱々しい声音で言う。


「助けてくれ……セイラ!……我が愛する娘!」


 その言葉を聞いても、もう私の心は動かなかった。リヴィオは金色の目で冷たく一瞥する。


「お父様はこの国でいったいなにをしたの?」


 私の問いに、父の目が昏い色になる。


「わたしは……もともとこの王国の王家の人間だ。神を捕らえるために選ばれし人間だった!国が滅びるとは思わなかったんだ!わたしのせいではない!」


「王家の人間!?神を捕える?」


 本気で言ってるの?私は眉をひそめる。


 リヴィオがはぁ……と嘆息する。身の程知らずどもめ!とアオが侮蔑の眼差しを向けている。


 リヴィオとアオの反応で……真実なのねと理解する。


「つまり、アルトはオレのように黒龍を宿した瞬間に、神をそのままこの地に繋ぎ止めて力を利用しようとしたらしい。捕えたまでは良かったが、それでは力が使えなかった」


 父がリヴィオの説明に牙を剥くように話す。


「わたしのせいではない!フェンディム王の望みで行ったことだ!幼いわたしは神の怒りに触れ、呪われた。魔力は奪われ、この身は老いることがなかったのに、歳をとり始めた。王家からは真実を知る者として、追われる身となった。まるで普通の人間で罪人のようだったよ」


 哀れな父を助けてくれと両手を合わせて、懇願する。


「王家の人間が……よくもまぁ……長年の守護の恩も忘れて、そのような計画を立てたものじゃのぅ」


 アオが呆れている。


「じゃあ……この国が滅んだ原因は……」


「アルトだけではないが、この国の王家にあるのぅ。神の守護のない国は魔物に蹂躙されていくことになる」


 私の言葉にアオが答えてくれる。暑い夏の太陽が照りつけるのに私は寒気がした。何も知らない民たちはさぞ………恐ろしかっただろう。


「お父様は神を捕えて、この国の民を見捨てたってこと?」


「もともとわたしを利用したのは王だ!!依り代になることは誇らしかったが、まさか神を捕らえるためとは知らなかったんだ!……捕えた瞬間に紋章は消え、神は眠りについたが、それはわたしにはどうしようもないことだろう!?」 


「……利用されたといえば、それまでだが、どうする?」


 リヴィオが私に尋ねる。父がいぶかしげに彼を見る。


「お祖父様に救ってもらっておいて、なぜすぐに真実を話し、お祖父様やウィンディム王家に助けを求めなかったの?」


 シン=バシュレならば……黒龍の力ならば……。


 この国の民たちは、どんな思いをしたのかと考えると悲しくなる。


「マヌケな犬の尻拭いなぞ、ごめんじゃ。人の策にはまり、姿まで隠され、行方不明になってるアホを救ってやる義理もないわ」


 ボソッとアオがそう悪態をつくのが聞こえた。神同士の確執が……。


「ウィンディム王国の者ではないとわかれば、わたしはフェンディム王国へ送り返されるだろうが!魔力もなにもないのに帰ったところでなにができる!?魔法も使えぬ身では魔物に殺されるのがオチだ!」


 つまり……保身に徹したわけね。私はもういいわと首を横に振る。


「この国にお父様は帰るべきよ。このままここに放っておくことを私は望むわ」


「なっ!?なんだと!?」

 

 リヴィオがボコボコにしなくていいのか?と物騒なことを聞く。私は苦笑して、遠くに見える街を指さした。


「あそこに街が見えるわ。何かしら仕事はあると思うわ。なんでもいいから、この国のために働くことで罪を返していくべきよ」


 幼かった。生き残りたかった。それはわかる……でも王族、貴族としての責務は放棄している。どれだけの民の血がこの国で流れたのか、父は想像できないのか?


「やめろ!置いていくな!こんな魔物だらけの国なぞ嫌だ!」


 私とリヴィオとアオが並ぶ。ウィンディム王国へ帰る。


「神が帰ってきたおかげで、街はどんどん解放されていっている。感謝するんだな。現在の守護者達はよく頑張っている」


 新たな守護者がいるということなのね……リヴィオはシンの時に会ったことがあるのか、白銀の狼の守護者を知っている口ぶりだ。


「セイラ、助けてくれ!置いていくな!おまえのその力はわたしのおかげなんだぞ!おまえだけ幸せになるなぞ許さんぞ!!」


 私の耳にその声だけが残り、フッと景色は消えた。父をフェンディム王国に残してきた。


 元の執務室にジーニーが待っていて、おかえりと軽く挨拶して笑った。


「賢者達の仮定通りだったか?」

 

 そうジーニーが尋ねる。


「ああ。三賢者すげーな。千里眼かよ」


 リヴィオがエスマブル学園の知識の塔に住まう三賢者を称える。


「なるほどのぉ。どおりでセイラは宿すのに適した器だと思ったのじゃ」


 そうアオが言った。リヴィオはオレができて良かったと黒猫の首根っこをひっ捕まえてそう言う。


 まさか私にあちらの国の王家の血が入っていたとは……それは予想してなかった。


「こらっ!首を離せ!敬え!わかったであろう!?神の偉大さが!」


 ジタバタするアオ。また二人のいつものやりとりが始まった……。


「どうりでアオがこの国の守護の力を無くなった時を心配するわけね」


 あのような荒野に荒れ果てた国にしたくないと思ったのだろう。黒龍は優しい神だと撫で撫でする私にアオが不満げに言うのだった。


「猫扱いするんじゃないーーー!!」


 賑やかな声を聞きながら、心の中は静かに思うのだった。私の父への選択が正しかったのかどうかわからない。


 だけど私はこの国を魔物に蹂躙される国にだけはしたくない。私の大切な場所を守りたい。


 ………たとえ、自分がどうなろうとも。

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