【花屋の娘の悩み】

「あれ?……ご予約は2名様ではありませんでしたか?」


 そう受付の方から聞こえた。私はどうしたのかしら?と行ってみる。


 イライラした口調で若い女性が言う。  


「良いんです!お金なら二人分払います。一人で宿泊します!」


 なにか怒るようなことがあったのだろうか。とりあえず私は間に入る。


「お一人でもよろしいですよ。大丈夫です。お部屋まで案内しますね」


 こちらへ……と招くとホッとした顔になる。なぜ一人なのか聞かないほうが良さそうだ。


 部屋についた彼女は海を眺め、ゆったりと過ごしていた。先程の苛立ちはなんだったんだろうか?


「わぁ。このお茶、美味しいですね。花の香りがします」


「花を乾燥させたものが入ってます。売店にもお茶の種類は色々ありますので、後から覗いてみても楽しいかと思います」


「本当!?わたし、お茶、大好きなんです。あと……花も。この旅館には所々に花が飾ってあって素敵ですね」


「なるべく季節の花を取り入れて、四季を感じられればと思って飾っております。花に目を留めていただいて嬉しいです」


 そんな会話をし、私はごゆっくりとお辞儀して部屋から出た。


 スタッフルームへ行くと謎の出来事にスタッフたちが困惑していた。


「婚約者に逃げられたとか!?」


「えー!直前に喧嘩でもしたんでしょ?」


「女将、様子はどうでしたか!?」


 私は肩をすくめる。誰もが興味津々なのは仕方ない。


「大丈夫よ。お部屋に案内して、しばらくゆっくりしたら落ち着いたわ。理由はわからないわ」


「そうですか……もう一人の宿泊者名は男性でしたから、何かあったのかと……」


 なるほどと私は頷いてからスタッフ達に言う。


「なんにせよ、私達にできるのはいつもどおりの気配り、心配りのおもてなしよ。また何かあったら教えてちょうだい」


 わかりましたーと言い、スタッフ達は仕事へ散っていく。


 面倒なことにならなければいいんだけど……。


 私の予想は当たってしまったようで、夕方、乗り込んできた男性がいた。


「ここにっ!今日宿泊予定の女性が一人で来てませんかっ!?」


 来てますけど……と言いかけて、私は止めた。


「どうなされましたか?」


「隠さないでください!彼女のお店に行ったらいなくて、休みだと……で、家にもいないし、思いつくところはここだけです!今日、予約していて、彼女はキャンセルしておくと言ってましたが……」


 この人は、私の記憶、人物辞典に存在している。貴族達が集まる夜会で見たことがある。


「……オーリク男爵、落ち着いてくださいな」


 ハッと私を見る。


「夜会で見かけたことが……ナシュレ伯爵夫人!?いや……噂通り温泉旅館の仕事をされてるんですね。驚きました」


「私のことはともかく……オーリク男爵はどうされたんです?」


 私の問いに気まずそうになり、若き男爵は先程の勢いがなくなり、怯む。悲しそうでもある。


 こちらへと喫茶コーナーへ誘う。オーリク男爵は商売の腕を買われ、若くして男爵となったと聞いている。悪い噂も聞かない。まだ未婚だったはず。


「実は……婚約している女性がいまして、その……付き合って3周年記念にこちらの温泉旅館を予約したんてす。それが、今日いきなり婚約破棄をする!って言い出して、どういうことだと探していたんです」


「なるほど、そういうことだったんですね」

 

「ぼくのどこがダメだったのか……」


 他のお客様が笑いながら、お風呂上がりのホカホカとした様子で歩いていく。彼の切羽詰まった雰囲気とは対照的である。


 『海鳴亭』の玄関ホールの喫茶コーナーからは海が見える。ガックリとして動けないオーリク男爵に付き合って、私は静かに景色を眺めていた。居ると言うべきか言わないべきか……。


 ちょうど、売店から出てきた女性がいた。お茶を買ってきたのか、袋を大事そうに持っている。これは……遭遇してしまう。


「ジュリア!」


 呼ばれた女性はビクッとなり、逃げようとした。……が、追いかけられて手首をつかまえられた。


「なぜ、逃げるんだ!勝手に婚約破棄までして!」


「だ、だって!貧乏で小さい花屋の娘の私と貴方じゃ釣り合わないんだもの!今にも潰れそうな花屋だと言われて……でも本当よ!わかってるわ」


「誰に言われた!?そんなこと関係ないとずっと言っていただろう!?」


「でも……身分がちがうのよ!」


 涙を流す女性。ドラマみたいになってきた。騒ぎを聞きつけて、スタッフ達やお客さんたちが集まってきた。


「大丈夫だ!ぼくが全力で守るから!」


「貴方の邪魔になりたくないの!」


「邪魔なもんか……傍にいてくれないとぼくこそ駄目になってしまう!」


 うわあああ!と周りが沸き立つ。パチパチと拍手が起こった。


「良いねぇー、若いって!」


「喧嘩しないで、仲良くなー!」


「見せつけるねぇ!羨ましい!後10年ほどわかけりゃーなー!!」


 ガンバレー!!と応援し、盛り上がる周囲。これには二人とも赤面し、喧嘩どころではなくなった。


 記念日サプライズのお料理を頼んでおき、後から部屋に伺うと、仲直りできたようで、朗らかに会話をしていた。


 オーリク男爵とジュリアは迷惑かけてすいません!と何度も謝っていた。周りが見えなくなるほどの熱い恋!いいじゃないですか!と私は冗談めかして笑った。


 その後、仲良く宿泊し、帰っていった。


「女将、なんですか!?この箱!?」


 数日後届いた大きい箱に入っていたのは……。


『薔薇の花ーーっ!?』


 スタッフ達が驚く。バサッと大量の薔薇が出てきた。手紙付きだった。


『先日はご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありませんでした。これはお詫びの品です。ジュリアとも仲直りできたのは皆さんのおかげです!オーリク男爵』


 お詫びにも限度があるだろう。薔薇高いよね……。しかし、有り難く使わせてもらうことにした。


 赤、ピンク、白の豪華な薔薇風呂はお客様たちにも大好評だった。


 それから、その花屋さんとも取り引きするようになり、時々、贅沢な薔薇風呂ができるようになったのだが……オーリク男爵は確かにやり手の商売人だったと言わざるを得ない事件だった。


 その場の恥で終わらず、謝罪し誠意を示した彼の人柄により、温泉旅館と繋がりができた。


 花を卸すことになった婚約者のジュリアの花屋は時々『海鳴亭』にも出入りし、花を活けてくれる。店は繁盛してるらしいと聞いた。

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