【ブラックキャット】
「王都に、行きたいお店があるの」
「セイラがそう言うのは、珍しいな。別に良いけど……なんの店だ?しかも夜?」
リヴィオはカフェだと思っていたらしい。王都の路地裏の2階にある小さなお店だ。
カランッとベルの音を立ててドアをくぐる。あちらの世界の音楽で言うと渋いジャズ風の音楽が流れている。
「いらっしゃい〜。おや?前に来たことありましたね」
明るい口調で声をかけてくれる小柄な男のバーテンダーさん。好きな席へどうぞと勧められ、カウンターに座る。
「はい。2度目です」
「1度目は誰と来てるんだよ……」
リヴィオが半眼になった。
「父と来たのよ。そのときに雰囲気が良いお店だなぁと思ったのよ」
「おまえ、プレッシャー感じつつも、冷静に店を見てたのかよ!?タダでは転ばねーな!?」
意外と図太いかもと私は笑った。父は王都で遊び歩いていたから、色んなお店を知っているようだった。
薄暗い照明の店内に静かな夜の雰囲気が落ちてくる。音楽も心地良い。
「どんなお酒を作りましょうか?」
「チョコレートのお酒を2つお願いできる?」
私のお願いにバーテンダーさんは承りましたと言い、数多くあるお酒の瓶から数本、選び出す。リヴィオがなるほど……と呟く。
「バレンタインの時期でしょう?ここではあまり関係ないかもしれないけど……なんとなくしたくなってしまって、今回は大人風にしてみました」
前回は不格好なきの○の山とたけ○この里風だったから、格好良く今年はしてみた……つもり。
「いや、別に何を貰っても良いんだ。そうやってセイラがオレのために何かしようと考えてくれるのが、オレは嬉しいよ」
リヴィオが優しげに笑う。サラリとした黒髪に金色の目をした彼は、時々大人になってしまうのでドキドキする。いつものヤンチャな子供っぽいところがあるリヴィオのほうが落ち着く。私の顔が赤面していないだろうか、内心焦ってしまう。
「何か召し上がりますか?お腹は減ってませんか?」
バーテンダーともう一人、料理人がいる。
「うちの料理人は王都の有名レストランにも勤めていたことがあるので、味は保証しますよ」
そうバーテンダーが料理人を紹介すると奥のキッチンスペースにいた髭の中年男がペコッと会釈した。無口らしい。
「じゃあ、スティック野菜のバーニャカウダ。それにじゃが芋のニョッキお願いします」
リヴィオが適当に注文してくれる。
ニョッキは手作りなんですよとニコニコしながらバーテンダーが言う。
「今日はガトーショコラも作ってあります。いつもはあまりデザート作らないのですが……」
そうボソッと顔をのぞかせた料理人が言う。
「じゃあ、それもお願いします」
それは食べてみたいと思い、私は頼む。
バーテンダーが銀色のシェイカーにお酒を混ぜていく。その手付きは滑らかに動いて、魅せられる。
静かに私とリヴィオはそれを眺めて待つ。シャカシャカと混ぜ合う。
綺麗に注がれていく液体。ミルク色とチョコレート色が混ざり合い、可愛くもあり、大人っぽくもある。
「どうぞ。カカオを使ったカクテルです」
リヴィオと私は受け取り、口をつけた。
「思ったより甘くないな。美味い」
「大人味だけど、ちゃんとチョコレートっぽい!」
カカオの香りとお酒の味が混ざり合い、良いバランスだ。美味しいと私が飲んでいると、料理も出てきた。
「へぇ……料理も美味いな。気に入った!」
クリームソースのからんだニョッキを一口食べたリヴィオがそう言う。手作りのニョッキはモチモチしながらもツルンとした口当たりで美味しい。
「ありがとうございます。当店、もうすぐこの場所を離れるので、またどこかでお会いできると良いんですが……」
バーテンダーがやや寂しげな笑みをしながらそう言った。確かに、いいお店だが、目立ちにくい場所にある、この小さなお店ではあまりお客さんも来ないだろう。
「残念だな」
リヴィオはカクテルの追加をしつつ、そう言う。私はそうだわと両手をたたく。
「『海鳴亭』に来ない?バーのスペースを作ろうかな。そしたら、私達もいつでも美味しいお酒と料理が楽しめるもの」
「それいいな」
リヴィオも賛成する。私はガトーショコラを小さく切って、口に入れた。しっとりどっしりとした生地に濃厚な味。うん……腕がいいわとニッコリとした。
バーテンダーと料理人は顔を見合わせていた。考えさせてくださいと言われた数日後、『海鳴亭』に来ることになったのだった。
最上階にお酒と軽食を出すバーは大人のお客様やそのためだけに夜に訪れる人もおり、人気のスポットとなった。
リヴィオもバーが気に入り、私が仕事が終えるまで、時々バーで飲みつつ待っていることがあった。
『ブラックキャット』と名付けたバーに似合う彼だった。
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