愛娘へ告げる懺悔
王都の貴族のみが利用できる、ちょっとお高いお店に父と来ている。父は昔からの会員で馴染みのお店らしい。
レストランだが、個室になっていて、話しやすい雰囲気だ。
私の方は食べる気がしない。緊張感がある。
しかし、護衛にアオを連れてきたから最強だ!スヤスヤーと椅子の上で、気持ち良さげに寝てるけど。たぶん大丈夫……。
「なんだ?その黒猫は?じーさんの飼っていた猫にも似ているな」
「さ、最近、拾ったんだけど、置いてくると寂しがるから……気にしないでくれます?」
フンと鼻を鳴らす。自分で言ったわりに、どうでも良さげだ。
葉巻タバコを出してきて、吸い出す。話に入らないのだろうか。私は時間が惜しい。
「それで、話ってなんですの?」
「そんな急くな。ここの料理は美味い」
「一緒に食べる相手にもよりますけど……」
私の嫌そうな雰囲気を察しているはずなのに、にこやかに受け流す。
特上のワインを注いでくれる店員。深い赤色をした液体を掲げる父。グラスが光に反射する。
「さぁ。乾杯しよう。今まで、おまえとはじっくり向き合ったことがなかったな」
私はグラスを持つ手が震えないように気をつける。父の思惑がまったく見えない。
グラスがカチンと鳴る。満足そうに飲み干す父。
野菜の色が綺麗な前菜、熱々の焼けたお肉、多彩な味わいのスープ……どれも素晴らしい料理なのに私は喉が通らず、残してしまう。
「さて、どこから話そうか?……まずは長年、おまえを放っておいて申し訳なかったと謝罪したい。許してくれ」
デザートのナッツのケーキにコーヒーが出た時に父からあり得ない言葉が発せられた。むせそうになり、慌てて苦いコーヒーを飲み込む。
「なっ、なぜ?今更そんなことを?」
「おかしく思うかもしれない。しかし歳をとり、バシュレ家を継ぐのがソフィアであるとはどうしても思えなくなってきた」
私はギュッと拳をテーブルの下で握りしめる。
「私は……要りません。バシュレ家がなくなるならば、その後は、王家に領地と爵位を返上されたらどうですか?もともと王家の直轄領です」
私の物言いに怒るだろうと思ったが、フッと優しく笑う父。……こんなふうに私に笑いかけてくれたことなんて、一度もなかった。
動揺する自分に騙されるなというもう一人の自分が冷静さを失わせない。
「セイラに残したい。どうか受け取ってくれないか?今までのことを償わさせてほしい。すべてを水に流すことは無理かもしれないが、父と娘として、もう一度やり直させてくれ」
愛情溢れる眼差し……そっと私の頬に手が伸び、触れようとした瞬間、私は恐怖心が起こり、身を引いてガタッと立ち上がる。
無理だ!そう幼い頃の自分が叫ぶ。大人のセイラは許してやればどうか?と優しさを求めるが……無理だ……。
「とても……考えられません。こんな急に言われてもっ……」
ずっと望んでいたことが、今になって叶うかもしれないという希望がいきなり出てきた。何度も諦めていた……だけど、私は自ら拒否した。
どうしても信じられない。疑心が拭いきれない。
「サンドラやソフィアはこのことを知っているんですか!?あの二人が許すわけがありません!」
「あの二人に領地は任せられない。生きていくに困らない財産を渡すということで、納得するよう話してある」
父は1枚の書類を出した。バシュレ家のものを継ぐという誓約書だ。父のサインはもう……は入っている。
「本気……だとわかってもらうために、こんな書類を作った」
目の前に出される。
「今すぐとは言わない。考えておいてくれ……別の国で生まれ、この平和な国で生きてこれた感謝を忘れるべきではなかった」
「お父様……」
荒れ果てた地を私は思い出した。
「残りの人生を悔やむものにしたくない。セイラ、どうか謝罪を受け取って欲しい」
私は震える指で書類に手を伸ばす。……が、サインはしない。
「考えさせてください」
そう言うだけで精いっぱいだった。
「今はそれでいい。また会おう。今までのことを穴埋めさせて欲しい………おまえの評判は良い。先日の会合でも聞いて驚かされた。自慢の………自慢の娘だ」
褒められた!?私はグレイの瞳を見つめる。そこに嘘偽りがあるのかないのか見抜きたい。きっと嘘だろうと私の心がそう言っている……心が黒いのだろうか?疑いたくないのに。
返事をせず、視線を外して私は逃げるようにナシュレへ帰った。
その晩は高熱が出て、皆を心配させることとなった……。
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