【ドリームキャンディー】

 瓶に入ったカラフルなキャンディー達が日差しに透かされてキラキラと光っている。


「あら?懐かしい……これって、もしかしてドリームキャンディー?」


 私は思わず足を止める。受け付けの台の上に置いてあったのだった。


「女将、知ってるんですか?お客様の忘れ物だそうです」


「私の小さい頃に一時期、流行ったなぁと思いだしたわ」


「キレイなキャンディーですもんね!子供たち好きそうですね」


 本当にね……と私は苦笑してその場を去った。


 幼い頃、あれは学園へ行く前のことだった。


 キレイなこのキャンディーをソフィアは買ってもらい、見せびらかしていた。


「見て!お姉様〜。今、流行りのドリームキャンディーよ。お父様に買ってもらっちゃった」


 外の木陰で私は静かに本を読んでいた。家に居るときは、なるべく大人しく気配を殺しているようにしていた。父や義母、ソフィアの目に止まらないように気を配るのが、生きていくために必要だったからだ。


 そう……と小さい声だが返事をした。


 確かにキラキラしていて宝石のようで、自分の手の中にあったら、きっと幸せな気持ちになれるのだろうと想像した。


「お姉様にも1つあげますわね!」


 まだ幼いソフィアは純粋にくれようとしたのかもしれない。


「あっ!落としちゃったぁ。お姉様ごめんなさい」


 そう言って、くすくす笑いながら去っていく。


 私が何か反応すれば、ソフィアが大人達にあることないことを言いつけるだろうと予想できたので、無表情、無言、無関心を装い、ピンク色のキャンディーに群がっていくアリを見ながら、再び本へ目を落とした。


 深いため息がでた。


 その後、学園に入学した時にも、このキャンディーは私の目の前に現れた。


 クラスメイトの女の子達は大抵持っていた。


「セイラ、持ってないの?」


「今、流行りなのよ。お家から送ってもらいなさいよー」


「そうよ。あなたのお家、お金持ちじゃないの!」


 口々に女の子たちから言われた。……家から送ってもらうなんて不可能だったし、祖父は忙しい人だから私からの手紙を読んでくれるかわからないし、こんな子供じみたことで手を煩わせてしまうのも悪い。


「そうね。キレイなキャンディーね」


 適当な口ぶりであしらった。なんとも思っていない風を装う。だけどほんの少しだけ声に暗さが残ってしまったかもしれない。


「そのキャンディーの良さがわからないのだ」


「ネジを集めるほうが楽しいのだ」


 そう言うトトとテテは例外だった。彼女たちはいつも自分達が楽しい!面白い!ということしか興味を持たない。


 トトとテテの家は有名な伯爵家であるから、キャンディーの瓶など教室をぐるりと囲むくらい買ってもらえることは誰しもがわかっていたから、それ以上追求しなかった。したとしても、この双子ちゃんの返り討ちにあうだけだ。


 私は二人を見て微笑む。自由な双子ちゃんは清々しくて見ていて楽しい。


「んなもん。甘いだけだろー?」

 

 優秀なのにヤンチャで先生たちの手を焼かせているリヴィオが、みんな子どもっぽいもの好きなんだなーと言うので、それも可笑しかった。


「こらこら。そんなこと言うな。人、それぞれだよ」


 大人びているジーニーがリヴィオをたしなめる。


 自分の好きな物を否定された!と思った女の子達がリヴィオを睨みつけたが、ジーニーの一言で丸くおさまった。良いコンビだ。


 クラスで持っていないのは……私達くらいだったようだ。


 私は本当のところは良いなぁと思ってた。キラキラ光るキャンディーを大事に一個ずつ舐めながら、本を読んだら楽しいかもしれないとか窓辺に置いてみたいとか……普通の女の子のようなことを考えていた。


 でも、このときも口に出さなかった。


「おい?セイラいるか?」


 ある日、図書室に居ると、リヴィオが棚の間から、いきなり顔を出した。


「びっくりした……どうしたの?」


「これっ!これやるよ!オレ、甘いもの嫌いなのに家から送ってきたから!オレが持っていたとしても、捨てることになるからな!」


 私が返事をするより先にギュッと私の手に握らせて、ダッシュで去っていく。


 何をくれたんだろ?


 私の手の中には瓶に入ったカラフルなドリームキャンディーがあった。


「……えっ?」

 

 私はあまりの素早さにお礼を言うタイミングを逃した。後からお礼を言おうとリヴィオを探したけど、何故か、なかなかみつからなかった。


 リヴィオは甘いものが苦手ではないことを私は今なら知っている。


 部屋の窓辺に置いたキャンディーにリヴィオが気づく。


「うわっ!懐かしい物があるな。昔、流行ったよな」


「リヴィオ、1つ食べる?」

  

 私は瓶から出して、口に入れる。リヴィオもウンと頷いて、1つ食べた。


 ……苦手じゃないのねと私は笑う。


「なんで、笑ってるんだ?」


「なんでもないわ」


「なんだよー!?気になるだろ!?」


「甘い物が好きなのねって思ったのよ」


 嫌いじゃねーよとリヴィオはそう言う。もう忘れてしまっているのかな?


 私はキラキラしたドリームキャンディーの瓶を手の中で弄び、日に透かす。いろんな思い出を詰め込んだような瓶のカラフルなキャンディー。


 自分で買って食べてみたが、昔、リヴィオからもらったキャンディーのほうが美味しく感じたのだった。

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