【賑やかなお客様】
おばちゃんたちが5人。賑やかに受け付けに来た。
「あらぁ!ここに名前を書けばいいの!?」
「そうです。五名様のお名前を……」
受け付けスタッフが言い終わらないうちに、一人が、みんなーーっ!と声をかける。
「ここに名前を書くんですって!」
どこどこ!?一斉に受け付けに詰め寄る。ドドドという音が聞こえた気がした。
フリッツはポソッとなんか怖い……と呟く。
「ようこそお越しくださいました。お疲れではありませんか?」
私がにこやかに挨拶をすると10個の目がじいいいっと見てくる。
「あなたが!あの有名な女将!?」
「ほんとにお若いのにすごいわね!」
「ここ、お料理もおいしいのですって!?」
「食べすぎて太ったらどうしましょー!」
「お風呂は!?お風呂、どこ!?もう入っていいの?」
フリッツが2、3歩下がる。騎士を圧倒するおばちゃんたちの気迫がすごい!
私は一呼吸置いてから話す。
「実りの秋の料理を存分に堪能して頂きたいと思います。お風呂は一階と二階にございます。お部屋までお荷物を運ばせていただき、お茶とお菓子を召し上がって、休まれてからお風呂に入られますか?」
ハッ!と我に返ったフリッツがお客様の荷物を持つ。
お部屋までも賑やかで、エレベーターに乗るとキャー!高いー!眺め良いわーと大騒ぎだった。
フリッツが無事に部屋へお客様を案内できたのを見届けて、疲れた顔をした、
「すごい元気な女性たちです……」
「こっちも元気もらえるわよね」
私の言葉にええええ!?と賛同できないらしくフリッツが声をあげた。
「元気を吸い取られてますよっ!?」
そう?私は嫌いじゃないノリでむしろ好きだわと笑った。
彼女たちは元気だった。
「お風呂何回入った!?」
「3回よ。ほーら、肌を見てみなさいよぉ」
「このハーブの香りいいわね!売店で石鹸を1つ買っておくわ!」
お風呂の後も。
「こんなに美味しい料理、明日から普通の料理食べられないじゃなーい!」
「ちょっとー!飲み物おかわりー!あら?あっちのお客さん飲んでるの美味しそうねぇ。あれちょうだい!」
「おなかいっぱいで食べられなくなってきたわ。持ち帰って良いかしら?」
夕食の時も。
「うちの旦那なんてねぇ。なんにもしないのよ!休みの日はゴロゴロと寝てばっかり!」
「わかるわぁ。こっちは子どもを抱えて働いてるのにね」
「こないだなんてね、オイ!シャツをどうしたって偉そうに言ってきてさ。あんたのお尻にひいてるわよ!と笑っちゃったわよ」
「まだマシよ。メガネを探してて、頭の上にのっているのを見たときの旦那の間抜けさったら!」
「誰の世話もしなくていいのって最高よね!」
食後のお茶を飲みながら、アハハハと笑い声が耐えない。フリッツが頬に汗を垂らす。
「うちの妻もあんなふうになりますかね?」
「たくましくていいじゃないの」
ジッとフリッツは私を見る。
「セイラさんはリヴィオさんのこと、あんなふうに人前で言わないでくださいよ!?」
……そこは敬愛するリヴィオの心配をするのね。
「ああやって、ストレス発散してるんだもの。健全よ。それに旦那さんのことをああやって言っててもねー。フリッツ、帰りを見てなさいよ?」
「帰り……ですか?」
次の朝、売店におばちゃん達がいた。
「あら!女将さん、お部屋で頂いた、栗のお菓子美味しかったわぁ。旦那にも1つ食べさせてあげたいんだけど、どれかしら?」
私は箱を手に取り、おまんじゅうの中に栗が入っていて美味しくて好評なんですと手渡す。
「温泉の素買っていくわ。家で温泉気分を家族で味わうわ〜。旦那、疲れたーってすぐ言うから、温泉成分で疲れも少しはとれるでしょ!」
私は温泉の素コーナーはここですーと教えた。
「ナシュレ産の地酒も飲みやすくてよかったわ。旦那に買っていくわ。これもちょうだい!」
「ご近所にも配るお菓子買わなきゃ。あら、この干物も買っていって皆で食べましょ♪」
ど、どういうとこですか!?フリッツが私に尋ねる。
「こういうもんなのよ〜」
日本の旅館でもよく見たわーと私は笑った。
「あんなこと言って笑っていても、旦那さんや家族が大切なのよ。日頃の愚痴を言い合って、また家では良い奥様をするんですもの。いいじゃないのー」
「そうなんですか!?謎すぎます!」
そう言って、フリッツは元気なおばちゃん達をやや距離感を保って見ていた。私は行くわよ!と声をかける。
「彼女たちが帰って、お土産をご近所に配り、温泉旅館の良さを口コミで広げてくれるのよ。もう神様みたいなものなのよ!さあ!お帰りまで、サービスするわよ!」
「ひえええええ」
私の励ましに、情けない声をあげるフリッツだった。
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