貴婦人は美しい物を愛でる

 秋の行楽シーズンになり、再び旅館は忙しくなってきた。


「客足戻ってきている!?なにか仕掛けたのか?」


 私はリヴィオの問いにニッコリと笑顔になる。


「何もしてないわ。いろいろ言われたけど、お客様は戻ってくると信じてたわ。だってスタッフの接客も良いし、温泉も本物だし、お料理も美味しいし!」


「なるほど。それで余裕だったんだな」


 そうなのよと言いつつも、内心はちょっとドキドキしていた。絶対大丈夫!と思いつつも不安はあった。


 でも……サンドラの嫌がらせはおさまらないだろう。嫌な予感はぬぐえない。


「そういえば、今日はジーニーのお母様がいらっしゃるみたい。名簿に名前があったのよ」


「は!?あいつの!?………ジーニーは知ってるのか?」


「どうなのかしら?」


 リヴィオは動揺している。すばやく連絡球を発動させる。ジーニーに連絡をとる。そ、そこまでなのーっ!?


 連絡球に映し出されたジーニーは額に手をやる。


「あの人が!?……リヴィオ、任せるよ」


「おい!?」


 プツッと切れた。え!?一瞬で終わった通話。


「とりあえず、私、お客様としてもてなすわ。そろそろチェックインの時間だし……」


「あ……ああ……」


 リヴィオとジーニーの様子にやや不安を感じつつ『花葉亭』でおもてなしをする。


「いらっしゃいませ」


 わたしが深々と頭を下げると降りてきたのは………美女だった!長いウェーブの髪を流行りの髪型に纏め、オーダーメイドの帽子、身につけているものはすべて上質で美しい。赤い口紅は黒髪の女性に似合っていた。


「あなたがセイラ?ふぅーーん……なかなか可愛らしいわね」 


 いきなり至近距離で私の顎を掴んで前を向かせる。思考が追いつかず、固まる私。なに!?この距離感!?


「待てーーっ!セイラに気軽に触るなっ!」


 パシッと手を払い除けるのはリヴィオ。いつの間に来ていたのか?


「はぁ〜。ヤダヤダっ。リヴィオ=カムパネルラ、いたの?美形だけど、残念なことに野良猫だから嫌なのよねぇ。粗暴なのは美しさの定義に入らないのよねぇ〜」

 

 私は驚愕の眼差しで彼女を見ていた。


「ほ、ほんとにジーニーのお母様!?性格が似てない気がする」


 思わずお客様ということを忘れて口にしてしまう。リヴィオがシャーーーッと威嚇する猫化してる。


「綺麗な物を集める、侍らかすことが趣味なんだ!セイラはコレクションにさせねーぞ!」


 言われてみれば、馬車の御者、後ろに控えている侍女……どの人も美男美女。


「フフッ。どうせ目の前にあるものなら美しい物のほうがいいじゃなーーい?残念な美形の黒猫さん、さっさと部屋に案内しなさい」


 残念な美形……認めつつ落としてくるなぁ。

言われ慣れてるらしく、リヴィオは動じない。


「あ……あの、お部屋にご案内いたします」


 ハッ!と我に返って、私は業務に戻る。


「可愛い子ねーー!才能も溢れ、頭も良い……ほんとジーニーのお嫁さんにしたいくらい!」


 ズルッと私は何もないところでコケかけた。パシッと私の腕をリヴィオが掴んだ。


「あぶ、あぶなっ!」


「何してんだよ!?」


 私の反応にくすくすと笑うジーニーの母。まさか……ジーニーのこと知らないわよね??平静を装うようにする。


「内装もなかなかエキゾチックね。うん。良いわね。秋の季節の花の飾り方、素朴なのに美しさがあるわ」


 インテリアも生け花も気に入っているようだった。


「温泉でもっと美しさに磨きをかけてくるわ」


 そう言って、長湯をするわよーっと言い出し、ゆっくりし始めたので、ホッとした。


 部屋から出るとリヴィオが嘆息した。


「おまえ……まさか、ジーニーの気持ち気づいていたのか?」

 

「えええっ!?な、ななななんのこと!?」


 とぼけようとしたが、うまくいかなかった。


「気づいていたんだな」


 それだけ言って、リヴィオはスタスタ歩いて去っていく。……これって、どんな反応!?


 夕飯時はお料理も気に入って頂けたようで機嫌よく語りだす。


「繊細な飾り切り、料理の一つ一つの配置、食器のセンス………どれも美しかったわ。不思議ね。派手とか豪華な感じじゃないのよねぇ。それなのに美しさがあるのよね。素晴らしかったわ」


 和の感覚を持っているようで、かなり細かな所まで見ていることに私は感心してしまう。


「ありがとうございます」


 少し間があってから私の目を見て話す。


「ねぇ?あなた……忠告しておくわ。知識の塔にいる変人共に取って食われないようにね。この素晴らしいもてなしのお礼に言っておくわよ?行くならジーニーかあの野良猫を必ず連れて行きなさい」


「私が知識の塔へ行ったこと、ご存知なのですか?」


 ……あ、そっか。前学園長の奥様だものね。聞いたのかしら?そう私は納得した。


「ええ。あの変人共は研究のためなら手段を選ばない所があるの。気をつけなさいね」


 その変人の中に入れられてるのは、まさかジーニーの父、前学園長だろうか?


 美しいジーニーの母は朝になるとさっさと去っていった。


「なにしに来たんだ?」


 リヴィオが眉をひそめる。


「リヴィオはジーニーのお母様とは昔から知り合いなの?」


「そうだ。ジーニーはオレの家に遊びに来ていたし、オレもたまに行っていたんだ。母親は常に遊び歩き、華やかで浪費グセがあり、子どもだったジーニーの世話も愛情も放棄。そんな人だった」


 ジーニーは自分の両親が苦手なんだよとリヴィオは言う。


 ジーニーが後から『ごめん』と連絡球で短く謝罪していたが、私はそんな悪い人に思えなかったわと言うとリヴィオとジーニーは狐に包まれたような顔をしていたのだった。




 

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