神様の通り道

「お話があります」


 フリッツがいきなり沈痛な表情で言い出した。


 私とリヴィオは珍しく仕事が早く終わり、ソファに座り、午後のお茶をしていたところだった。


 輪切りのレモンと氷が琥珀色の飲み物の中に浮かんでいる。


「実は妻が明日、ナシュレの街にあるサマーセールに行きたいと言いまして、荷物持ちについて来てほしいとのことで……」


「行ってくればいいんじゃないか?」


 こともなげにリヴィオは言う。


「しかし、お二人への任務がありますし、悩んでいるところです」


 私は冷たいレモンティーを一口飲み、ニッコリ微笑んだ。


「私は明日もいつもと変わらず、旅館で仕事だわ」


「オレはナシュレの領地経営の事務仕事を片付けているよ」


 大丈夫ですか!?ほんとに大人しくしててくれますか!?と尋ねられ、私もリヴィオも普段どおりに過ごすから……と答えた。


 フリッツが居なくなって、しばらくしてから、リヴィオが言った。


「セイラ、仕組んだな?」


「あら?夏のセール、冬のセールをすると良いわよとナシュレの商店街に言っただけよ?」


 私もセールは大好きなので、セール期間に一度は足を運びたい。お祭りみたいなものよね。


「策士だな……それで、明日は何をするつもりだ?」


 さすがにリヴィオは誤魔化せなかったようだ。


 正直にさっさと話してしまうことにする。心配をかけるため、黙って行くつもりはなかった。


「アオと一緒に王都トーラディムを見てこようと思っていたのよ」


「オレ抜きで!?」


「リヴィオは行ったことあるじゃない。私もいろんな国の見聞を深めておきたいのよね。リヴィオとシンヤ君にはまだまだ追いつけないとは思うけど……」


「いや!オレも行くぞ!」


 過保護スイッチ入ってしまった。


「街を見てみるだけなのよ?それにアオがいるから、危険はないでしょう」


 アオがいれば護衛は大丈夫よ。そう私は言ったが、絶対に譲らない彼を伴って行くことになったのだった。


 過保護スイッチ切れなかった。


 私は異国が初めてなのだ。緊張する気持ちと期待感が入り混じる。


 服装はリヴィオが普段着でいいと言う。あちらとこちらではそんなに服装に差はないらしい。街の娘風にし、私はあまり華美ではない服を選ぶ。

 

 準備ができ、リヴィオに声をかける。


「さて、妾が連れてってやろう」


「リヴィオ!?じゃなくてアオなの!?」


 黒曜石のような漆黒の目が私を見ていた。


 いつの間に!?


「移動するときはこっちのほうが便利であるからな。リヴィオの了承は得ておるぞ」


「そうなの?」


 では行くぞ!と私の手をとった。グラリと変わる視界。


「ここは……来たことがあるわね。なぜ、トーラディムへ行かずにここへ?」


「一度、シンと会った場所であるな。ここを通る方が便利だからじゃ。力の温存になる。経由地と思ってもらって良い」


 なるほどと納得し、今回は余裕が、あるのでキョロキョロ周りを見た。


 白い柔らかな光に満ちている。広々とした果てのない空間だ。


 以前、来たときは気づかなかったが、いくつも道とドアがあることに気づく。 


「この道とドアはなんなの?」


「望む場所へ連れて行ってくれる。神様専用の道じゃな。ここは神様の通り道じゃ」


「へえええ……」


 簡単に私がドアに触れて良いものではなさそうなので、アオに案内してもらうのが無難のようだ。


「もしかして日本へ来れたのも、この扉のおかげ!?」


 うむと頷くアオ。


「そうじゃな。だから、もう一人のそなたを助けに行けたのじゃ。しかし制約もある。行きたいとどんなに強く願ったとしても扉がその場所へ連れて行ってくれるとは限らない。それが神であろうとも」


「じゃあ、誰がこの場所を作ったの?」


 アオはリヴィオの顔で難しいような苦しいような表情を浮かべる。


「答えられない答えだ」


 答えられないのか制約があるのか?と聞くことはやめておく。どちらにしろ答えを得られないのだから、アオを困らせるべきではない。


「他の神様とは会わないの?神様はアオだけなの?」


「他の神とも会う……わりと頻繁に会う。別に互いに望んではおらず、ここですれ違うことが多い」


 交差点ですれ違ったよねっていうノリで話すアオだが、壮大すぎるすれ違いに……へぇーと相槌を打つ言葉しか出ない。


「トーラディムへ行っても良いかの?」


「あ、うん。お願いします」


 私とアオが1つの扉を開き、行こうとした時、背後にふと声がした気がした。

 

「あれ?黒龍がいたのかな?気配が残ってる。しかもまた人を入れたな!あいつの人好きも相当だなー」


 男の人のようなテノールの声が響く。


 あれは誰だったのだろうか……?振り返るには遅すぎた。私とアオは扉をくぐったのだった。


 


 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る