サマーデイズ

『サニーサニー♪サニーサンデー!つめた~いアイスクリーム!』


 楽しく陽気な曲が鳴り響く海。


 イカととうもろこしが網の上でジュワジュワ焼ける香ばしい砂糖醤油の香り。


 シュワシュワッと弾ける果実ジュース炭酸割り。


 浮き輪やパラソルの貸し出ししてますよー!とお店の人の声も聞こえる。


 夏の海はそれだけでも楽しい気分にさせてくれる。


『海鳴亭』のプライベートビーチは今日も大盛況だった。水着を着たお客さん達の笑い声が聞こえてきた。


 1階の外のテラスにいるとそれらが見える。


 ………こんな雰囲気とは対象的に、重い空気のテーブル席の三人。


「まさか……呼ばれたから来たてみたら、こんなこととはね」


 ゼイン殿下が苦笑する。目の前には騎士団長とサリ。


 サリはふっくらとした頬がやつれている。たくさん悩んだのだろう。


「ゼイン殿下に話があります」


 騎士団長が口を開く。


「……長年、幼少の頃より傍にいさせて頂き、殿下とイーノとは幼馴染のように育ち、忠誠を誓ってきました」


 トトとテテの兄であるイーノもなのね……どうりで3人でよく居ると思ったわ。


「それなのに、このような裏切りをし、許してほしいとお願いすることは……」

  

 ゼイン殿下が右手を挙げてすばやく制す。


「言うなよ。二人のことをなんとも思わないと言えば嘘になるが……人の気持ちを変えるのは難しいな」


 人の気持ち!?あのゼイン殿下が人の気持ちを語った!?私は目を丸くした。


 横暴、わがまま、自分勝手と言われていた彼だった。以前、リヴィオへの仕返しに私にもちょっかいを出してきたときもかなり無理やりな手を使ってきた。


 ……サリが変えたのだろう。


「優しいサリに辛い思いをさせて悪かった。……気づいていた。一緒にいても騎士団長のほうを見ていたからね。わかっていたのに渡したくなくて、延ばしてしまった」


 えっ!とゼイン殿下の言葉にサリは驚く。


「そ、そんな!こんな平民でなんの取り柄もないわたしのほうこそ、お二人に良くしてもらうことを図々しいことなんだとずっと思っていました。ゼイン殿下のことも騎士団長さんのことも……ほんとにほんとに……」


 ポロポロと涙をこぼし、手の甲で涙をぬぐうサリになんと声をかければいいのか?私では役にたたない。


「あの花火の日に手を振り切って走っていったサリを見て、もう諦めようと思ったよ。騎士団長、サリのこれからをよろしく頼む」


「ゼイン殿下、しかし……」


 騎士団長が椅子から立ち上がる。


「二人共、もう行ってくれないか?けっこう我慢してるんだよ」


 用意してきた台詞は使い切ったようだった。ゼイン殿下は下を向く。


 騎士団長はサリの手を取り、深々とお辞儀をした。サリは何度もごめんなさいと言って、去っていく。


 取り残された私とゼイン殿下。泣きそうになりながら下を向いている殿下。

 

「やっぱりダメだったか。まあ、気落ちすんなよ!これでも飲め!」


 そんなタイミングで明るい声で現れたのはリヴィオだった。手にはジョッキの生ビール2つ。真夏に最高なやつ持ってきたけど……。


「くっ!モテ男にはわからないだろう!?」


「わかるさ……追いかけても追いかけても……なかなか捕まらないという気持ちは痛いほどわかる」


 リヴィオは遠い目をした。


「えーと………ビール生ぬるくなるわよ」


 二人の男の哀愁が漂って来たので、私は空気を変えよう!と試みる。


 そこへフリッツが枝豆や焼きとうもろこし、焼き鳥を持って現れた。


「『ゼイン殿下被害者の会』の会員の一人ですが……まあ、いい気味なんて思ってませんよ!」

  

 空気が読みにくいフリッツが、いい気味と思っていることを暗に言っている。そういえば、ゼイン殿下にやられた人だった。


「そんな会があるの?」


「冗談ですよー」


 私の問いに、細い目をさらに細めて、ニコニコとフリッツは笑ってるが本当かもしれない……。


 ゼイン殿下は言い返す元気ゼロらしい。


「まあ、気分転換に飲もう。海で飲むビールは最高だ!」


 リヴィオに勧められて、殿下は水滴がグラスについた冷えたビールをグッと飲んだ。


「……美味しい」


「だろ?王宮の料理もうまいかもしれないけど、いけるだろ?」


 プリプリとした鶏肉の肉汁が出てくる、焼き鳥も食べてみている。


「これも美味しい……悲しいのに美味しいな」


 リヴィオもビールをうまいなー!と飲んでいる。……私も飲みたくなってきたが、悔しいことに仕事中である。


 フリッツはおかわりのビールとイカ焼きを持ってくる。ちょっとした海辺のパーティのようになっている。


「騎士団長も優柔不断なんだよ!さっさと言えばよかったのに!」


 ゼイン殿下が酔ってきている。


「素晴らしい人ですが、たしかに……」


 フリッツもウンウンと上司の悪口にのっている。


「今日は嫌なこと忘れて飲むぞー」


 煽るリヴィオ……励ましに来たのか、たまたま飲みたくなって来たのか?どっち!?


 キラキラ光を放つ真夏の海を背景にして、男三人は楽しげに会話が弾みだした。


 内容は今までの恋愛について……ということで、私は聞かないほうが良さそうなので、その場を離れる。


 私はやれやれと呟いて、仕事へと戻ったのだった。


 人は成長したり変化をしたり……おもしろいものよねとゼイン殿下を見て思ったのだった。







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