love triangle
その日『海鳴亭』は夏のシーズンのお客様達で賑わっていた。
「なぜ、偽名で予約してきてるんですか?」
騎士団長が普段着でいた。ホワイトアッシュの髪、端正な顔立ちと長身の美青年はそこにいるだけで目立つ。
「ちょっと息抜きをしたくなってしまったんです。休暇をとりました」
どこか思い詰めた顔しているのは気のせいかしら?
「そうなんですか?暑いので、夏バテしやすい時期ですよね」
私はそう言いつつ、部屋へ案内する。係になったスタッフが他のスタッフにうらやましー!と羨望の眼差しを向けられている。
エレベーターに乗ると、へぇ!と驚いた声をあげた。
「どんどん上へ行くんだな。すごい。海が遠くまで見える」
騎士団長の雰囲気は消えて、少し無邪気な普通の青年になっている。
「お部屋もオーシャンビューになっているので、海の景色、とても良いですよ」
「楽しみだな」
ニコッと笑いかけてきた。無邪気で爽やかな笑顔が不意にきた。
女子なら、その笑顔に虜になるだろう。そばにいたスタッフがうっとりとしている。
「夏のお茶菓子とお茶です」
お菓子とお茶を部屋へ持って行くと、部屋から海をじっと眺めている。キラキラ光る夏の海は明るくて元気をくれる。
だが、それに反して、やはり表情が曇っている。
「……何かありました?いらした時から、憂鬱そうですよ。偽名で来たのも、なにか訳があるのですか?」
騎士団長が私をジッと見た。
「ある女性から告白されました」
特別なことには感じない。このイケメン具合ならしょっちゅうじゃないの?私はそう思って、へぇーと聞き流しかけた時だった。
「ゼイン殿下の想い人の方から……」
「ええええええ!?」
意表を突かれた私は思わず声をあげてしまった。以前、サリはゼイン殿下のことは好きだと言っていたのに!?
「いつの間にそんなことに!?」
「殿下の命により、護衛をしていたのですが、そのうち意気投合するようになりました」
騎士団長が明るい夏の日差しとは対象的に暗い影を落とす。
「お礼ということで、夕食をごちそうになったり共にゼイン殿下へのお返しのプレゼントなどを買いに行ったりしているうちに……」
なんだか目に浮かぶ。サリもそんな好きになるつもりはなかったのだろう。恋愛は理屈じゃ語れないことがある。
「先日の魔物討伐の時にサリは殿下といたはずなのに……駆けつけて来たんです。心配だと……危険をかえりみずに……」
私はふと気づいてしまった。
「騎士団長さんはずっと前からサリのこと好きだったんですね」
顔が強張った。……図星だったらしい。その想いを秘めていたのだろう。ゼイン殿下への忠誠ゆえ。
「そしてサリの告白を断わったんですね……」
「……もちろんです。殿下の大切な方ですから。二人に幸せになって欲しいんです」
辛そうな表情で言う。
私は嘆息した。これは重い問題である。私には手に余る。私は恋愛スキル低いんだもの。
「心の傷に効くかわかりませんけれども……ゆっくりと温かい温泉に入ってください。美味しいものを用意します」
不甲斐ないけど、それくらいしか言えない。
ありがとうとせつなげな笑みで騎士団長は言った。
まさかの傷心旅行だったなんて。
「……で、なんでオレを呼び出したんだよ」
リヴィオがそう不満げに言う。
「恋愛スキル高そうだもの」
「高くねーよっ!前から思っていたが、セイラは誤解してるだろ!?考えてみろよ?カホの時もセイラの時もオレはいつだって追いかける側なんだぞーっ!」
……よく考えたらそうね。私のことを待っていると言ってもいいだろう。意外と一途なのよね。
ちょっと嬉しくなったが、今はそんな場合ではない。
「まあまあ。ちょっとお酒の相手になってあげたら?」
「オレはあいつが嫌いなんだ!」
「なんで?」
「騎士団で起こっていることを見すごし、今だって好きな女をグチグチと言って手放してるだろ。ゼイン殿下のためなら……ってな」
リヴィオは私に向かって言い募る。
「オレは絶対に好きなやつは手放したくない。……手放してしまったらそこで終わりだ。目の前からいなくなるんだぞ」
リヴィオは私に向けて話している。いろんな心配をかけたことが蘇る。
卒業前に消えるわ、海に落ちるわ、毒盛られるわ………。
……私は申し訳なくなって、何も言えなくなった。
「誰か傷つけてしまったとしても、それは自分のせいでいい。その責任は自分自身がとる。諦めるのは優しさでは無いと思う」
「………そのとおりだ」
私とリヴィオは固まった……この声は!?バッと振り返ると騎士団長が立っていたのだった。な、なんでこんなスタッフ専用通路に!?
フリッツがすいませんっ!と後ろで両手を合わせている。
「立ち聞きするつもりはなかった」
「……オレはオレの恋愛論と言うか、持論を語っただけだからなっ!」
別に悪口ではないし、謝らないと言うリヴィオに騎士団長はハハッと笑った。
「人を傷つけるのが怖いんだ。偽善者だと思われるだろうが……」
「好きなやつ、他のやつに渡せるのかよ?」
「ゼイン殿下だからこそと思ったんだよ。もう少し考えてみるよ。ありがとう」
そう行って、背中を見せて去っていく騎士団長を見守る私とリヴィオ。
「礼を言ってたな……まぁ、何が正解かオレにもさっぱりわからない」
「ゼイン殿下ともめたら騎士団長の地位も危ういし、ましてや本気の相手でしょう」
「なにがなんでも手に入れたいくらい好きなら身をひかないだろ。代償はあるだろうが……オレはセイラの身に危険がある時しか手放さないからな。ましてや他のやつになんて絶対に渡さない」
……私は頬が赤くなる。茶化そうとしたが、できなかった。
「幽閉された扉が開いたとき、ほんとは何もかもかなぐり捨ててて……二人で逃げれたらいいなと思った」
リヴィオはするだろうと私は嘘ではないとわかる。黒龍の願いよりも王家やナシュレよりも公爵家よりも……なにもかも彼は捨てるかもしれない。
「そうならないように、私は気をつけるわ。こうして、みんなと過ごし、温泉に入って、美味しいものを食べてリヴィオと生きていくことが私の望みよ」
微笑み、私はギュッとリヴィオを抱きしめた。大丈夫だと。私はここにいると。
ふと、控えめな声がした。
「あのぅ……忘れてませんか?」
『フリッツ!?』
リヴィオと私の声がハモった。そういえば居たわね……。
いいんです。どうせ存在薄いので……といじけ気味になるフリッツだった。
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