【時計は新しき時を刻む】

「時計店を長年しています」


 そう言った初老のお客様に私はニッコリと微笑んだ。


「存じてます。フィリップ様は有名な時計職人でもありますよね」


 お茶をゆっくりと淹れていく。


「それほど有名でもない。ああ……夏だけど熱いお茶は嬉しいねぇ」


 謙遜しているが、有名な時計職人さんで王都にも時計を卸している。


 王都のお店に詳しいリヴィオはフィリップさんのことを腕の良い職人だと言い、知っていた。


「そろそろ若夫婦に店を譲ろうと思い、少し考えたくて、一人で泊まりに来たんだ」


「時計を作ることも辞めてしまうんですか?」


 日差しが強すぎるので、少しだけ障子戸を閉める。


「新しい物を作ることが最近は無くなってね……息子にもわたしの作る時計は古臭いと言われてしまった。確かに、若い頃はもっと創作意欲や工夫を重ねる気持ちがあったと思うと老いた気がしてね」


 そう言ったフィリップさんの顔はどこか元気がなく、暗い……。


「もう引退を考えてるんですよ。これからは昔の時計を修理して生きようと思う……」


 お茶とお茶菓子を私はテーブルに置いてから、言葉を口にする。


「時計職人を辞める前に、私のお願いを聞いてもらえませんか?」


 私はあるお願いをすることにした。ずっと欲しいな、あると素敵かもと思っていたのだ。聞いてもらえるかどうか……。


「ん??なんだね??」


 フィリップさんは熱いお茶を飲みながら首を傾げた。


 トトとテテが『花葉亭』の玄関ホールに来ていた。


「はじめましてなのだー!」


「こんにちはーなのだー!」


 フィリップさんは嬉しそうにフォスター家の双子ちゃんを見て、握手を求める。


「おお!はじめまして!最近の生活魔道具の開発で、素晴らしい功績を残してる可愛い双子の発明家ではないかね!」


 トトとテテもその言葉に悪い気はせず、握手をしている。


「フィリップ様にお願いがあるのは……この玄関ホールにからくり時計を作って欲しいのです。時を刻む時に仕掛けを組み込んだ時計です。ここを通る人が楽しい気持ちになるようなものが欲しいんです」


 からくり時計!?と目を丸くするフィリップさんにトトとテテはからくり人形を持ってくる。


 小さな人形達は踊ったりお辞儀したりしている。

 

「これを使うのだ!」


「可愛いのだー!」


 二人はキラキラとした目でフィリップさんを見た。


「……な、なるほど!!そういうことか!!」


 からくり人形を手に取り、懐からメガネを出して近い距離でじっくり見る。


「おもしろい!おもしろいな!!」


 トトとテテがニヤリとした。


「我らの工房へ行くのだーっ!」


「一緒に作るのだっ!からくり付き時計を!」


「うむ!イメージが湧くぞ!」


 二人の熱に浮かされたフィリップさんは連れられていく。


 えーと……なんとなく刺激になれば良いかなと思ったんだけど、思いのほか強い刺激になってしまったようだ。


 トトとテテの発明意欲はスランプ気味のフィリップさんの心に再び火を灯すことができるかもしれない。


 『花葉亭』にしばし滞留してもらい、フィリップさんには時計の製作をしてもらう。


「温泉に浸かると気分転換にもなるし、疲れもとれる。良いものだ」


「製作は順調なのですか?」


 うむ!と強く頷くフィリップさんは温泉のせいなのか、それとも時計作りの熱のせいなのか、ホクホクと顔が暖かそうで、明るい。


 それからしばらく『花葉亭』の玄関のホールでは組み立てが始まった。


 トトとテテ、フィリップさんの楽しげな声を何度か私は聞いた。


「できたぞーー!」


 その声に見守ってきたスタッフも私も拍手が自然と出た。


『早く動かすのだ!』


「待て待て……時計はきちんとした時間を刻んでこそだ。あと少し待て」


 トトとテテは待ちきれない。

 

 木製のつややかで大きな時計は鳥や木々、花が掘られて、可愛らしさも兼ね備えたデザインになっている。


 私やスタッフ、通りかかったお客さん達も足を止める。


 時計は刻む。カチコチカチコチと動き、長い針が12を指した。


 リンゴーンと鐘が鳴った。チャララーラー♪ラララーラーラー♪明るく可愛い音楽が流れ出した。


 パカッと時計の下の扉が開いた。人形達が出てきた!


 手には様々な楽器を持っている。ラッパを吹いたり、タンバリンを叩いたり、フルートを吹いたりした楽隊が通り過ぎた。


 次は踊り子たち。音楽に合わさて、クルクル回り、跳ねて軽やかに踊る。


 そうして扉がパタンと閉まった。


 ホゥ……と観ていた人達は一瞬言葉が出ない。


 少し時を置いてから、ワアーー!と声が上がり、拍手が沸き起こった。


「なんだ!?いまのは!?」


「すごい!仕掛けだ!」


「お人形さんが、かわいい!」


「すばらしい!!」


 ワイワイと騒ぐ人々の称賛の声を時計職人と天才発明家たちはとてもとても嬉しそうに眺めていたのだった。


 からくり時計は『海鳴亭』とスタンウェル鉱山の温泉にも作ってもらい、旅館の名物となった。


 もちろんフィリップさんは時計職人を今でも続けている。





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