温泉と神様
プカプカと浮いている黒い物体。
「アオも一杯呑む?」
「呑むのじゃ!……サイコーじゃーーっ!!」
チャポンとあがって、可愛い肉球の両手でお猪口を挟んで持ち、クイッと呑む。
か、可愛い!可愛すぎて、ここに携帯あったら写メしてた!
思わずお猪口にもう一杯注いでしまう。
「はぁーーー。この一杯が美味い!!」
その満足気なため息とセリフ……おっさんかな?いや、神様です。
私も仕事の後の一口目は幸せを感じるから、その心情わからなくもない。
温泉に浸かりながら、私も一口お酒を呑む。お米から作った日本酒が美味しすぎる。
「うん。日本酒、イケるわ!」
もう少し甘口にできれば女の人にも人気が出るかな。
「やっぱりセイラにして、正解だったのじゃ!」
その言葉に私はニッコリと微笑む。
………黒龍を温泉とお酒で陥落させてしまった。
そう。私はアオと交渉するために『おもてなし』をした。計画どおりに温泉とお酒でアオは気分が良くなり、私の提案を引き受けてくれたというわけなのだ。
リヴィオには内緒にしておこう。
「フフフッ。ありがとう。温泉とお酒は格別よねー。私も好きよ」
ほわ~となってる黒猫の顎を撫でてゴロゴロさせる。
「……猫ではない!」
ハッ!とするアオだが、気持ち良さげだった。可愛すぎる。
お風呂から上がると、アオは風魔法を使い、ブワッと自身の身体に風を送り込み、毛並みを一瞬で、フワッフワにしてしまう。
「うわー!便利ね。触らせて!」
「な、なぜじゃ!?」
私はフワフワとした毛並みの手触りに幸せを感じている。猫扱いされることを嫌がるアオだが、撫でると気持ち良さげである。
「まーだーかー!?」
リヴィオが扉の前で落ち着かず待っている。
「あ、ごめん。待たせた?」
ヒョコッと私が顔を出すとリヴィオはホッとした。
「あのな?油断すんなよ。こいつは神様なんだぞ?何が起こってもおかしくない」
「セイラに何もしないわっ!むしろ守っておるのじゃぞっ!」
アオが抗議した。私に抱っこされて幸せそうなアオはどうみても猫。
「ジーニーとトトとテテが待ってるぞ」
「うん。行きましょう」
執務室へ行くと、すでにジーニーとトトとテテが日本酒で乾杯していた。
「ニホンシュ美味しいのだ!」
「コクがあって、口の中に香りが広がるのだ!」
トトとテテは試作のサキイカも食べつつ、合う!と絶賛。
ジーニーは牡蠣のオリーブ漬けとチーズの味噌漬けをお供にワインを選んでいた。
「僕はやっぱりワインだな。ニホンシュは少し苦手だな」
好き嫌いは分かれるところよねと私は納得する。
「……じゃなくて、皆に集まってもらったのは、話があるんだろ!?飲み会じゃないよな!?」
リヴィオが危うく、飲み会と化してしまうのを止めた。
「そうだな。とりあえず……リヴィオ!無事で良かったな!」
ジーニーが感動的に包容しようと手を広げ、リヴィオがそんなに心配してたのか!?と驚いた瞬間………バキッと殴られた!?え!?
『ジーニー!?!?』
私とトトとテテの声がハモる。
リヴィオが頬を抑えてよろめいた。
「なっ!?なにすんだよっ!?」
ジーニーにはニッコリ微笑む。笑ってるけど……とても怖い。
「一発で許しておくよ。セイラが毎日泣いていた。……無理に笑ってみせる人を見るのかどれだけ辛いかわかるか!?そしておまえが犠牲になって僕達が喜ぶと思ってるのか?」
頬を押さえるリヴィオはどうしていいか、わからずかたまってる。
「いや、あの……リヴィオというかシンヤ君はむしろ私のために……」
それを今から話そうとしていたのだが、ジーニーはリヴィオを殴ってしまった。
「どんな理由があるにしろ、少しは相談するべきだな。僕達はともかく、セイラにすら話さずにいた理由は何なんだ?」
リヴィオが……そ、それはと口ごもる。なんだろう?
「できれば……できれば、オレがシン=バシュレの転生者であることは言いたくなかったんだっ!」
転生者!?とジーニーとトトとテテが驚く。とりあえず……私は一連の流れを話すことにした。
私に前世の記憶があり、リヴィオも思い出してしまい、それがシン=バシュレだった。彼は召喚された者でありハスエシンヤという名前で私と同じ国の者だと話していく。
3人は狐につままれた顔をしていたが。どこか納得していた。
「まぁ、そうだよな。こんなアイデアがポンポンと生まれる物ではないな」
「天才発明家の我らすら無理なのだ」
「転生者、すごいのだー」
しかもシン=バシュレとはと苦笑するジーニー。
「ハスエシンヤはもう一人のセイラであるカホを助けるために黒龍と契約をしたんだ。これが黒龍だ」
風呂からあがり、酒も入って、眠そうに私の膝にいたアオにリヴィオが尋ねる。
『黒龍!?』
三人の声が重なった。
「そうじゃー。眠いのじゃ」
放っておいてくれとばかりに面倒くさそうなアオ。
「その猫がか!?前にも居たような……」
ジーニーが信じられないと見る。
「なんか、フワッフワッなのだ」
「毛並みが良いのだ」
トトとテテは興味深く、撫でてみている。眠いらしく、触らせてあげているアオ。
……温泉好きで、さっきも入っていたのだから、アオはフワッフワッ過ぎて、手触り最高である。
「信じてくれるの?」
ジーニーに尋ねると彼は複雑な表情をした。
「セイラのことリヴィオはかなり前から知っていたんだな。僕はきっと信じられなかったと思う。だけど今なら信じられるよ。眼の前で起こらないと信じられない気質なんだ」
「わかるわ」
私がジーニーに話さなかったのは、彼のそんな性格を知っていたからでもある。現実的なのは別に悪いことではない。
「リヴィオはなんでセイラに話さなかったんだ?同じ転生者で同じ国で同じクラスメイトで……となれば、信じてもらえるだろう?」
「おまえらの前で言いたくないっ!」
リヴィオはそう言って、プイッとそっぽを向く。話してくれないとなると、気になる。
「ニホンシュの続きを呑むのだ」
「セイラとリヴィオが転生者であろうがなかろうが友人に変わりはないのだ」
トトとテテは飽きたらしい。二人にとっては酒盛りの方が気になるらしい。
「やれやれ……まあ、いいか。だけど二度と一人でこんなことしないでくれよ?友人として話してもらえないのは、かなり傷つく。……一応、親友だと思ってるんだからな」
「悪い。確かに言葉が足りなかった」
リヴィオはジーニーに謝る。
まあ、呑むのだー!とトトとテテがお酒を持って、勧める。
「熱燗も美味しいのよー!」
日本酒の熱燗もみんなに勧める。身体が暖まる!風味が変わる!と好評だった。
リヴィオは3人が帰ってから、夜の散歩をしようと言い、屋敷の庭園を歩く。淡くライトアップされてる庭は庭師のトーマスの手によって、綺麗に剪定され、優しい色の春の花々が咲いている。
しかし桜は葉桜になってしまっていた。
夜の空気はお酒の酔いを少しさましてくれる。
言おうか?どうしようか?とためらう彼の姿にフフッと笑ってしまう。
「言いたくなかったら、いいのよ?」
きっとその理由は可愛らしいものだと私は、なんとなく気づいている。
いや、言うよと意を決して彼は口を開いた。
「オレがシンヤだと言ってしまうことで、セイラがリヴィオとして見てくれなくなるのが嫌だったんだ」
なるほどと頷く。
「セイラはじーさんのこと好きだっただろ?なんというか……」
「私はリヴィオが好きよ。お祖父様とは違うし、シンヤ君とも違う。……それで黙ってたの?」
「悩んでた。日に日に増えるシンヤの記憶は嫌なものではなかったが、セイラに知られたらどんな顔するだろうと不安があった」
彼は困ったような表情をした。言わなきゃ良かったと後悔してそうだ。
「リヴィオはリヴィオでしょう。たとえシンヤ君の記憶があっても混ざり合って自分になるんじゃないかしら?私はカホに心を強くしてもらって感謝してるわ。……一人ではきっとくじけていて王宮に乗り込めなかったわ」
それに!と私は力強く続けた。
「私はリヴィオがいなくなったことの問題の方が大きくて、そこまで考える余裕はなかったわ。答えになるかしら?」
リヴィオは私を見た。金の目は優しく嬉しい色を隠せずにいる。
寒いから帰りましょと私は手を伸ばしてリヴィオの右手と手を繋ぐ。さすがに長い時間はまだ肌寒い。並んで歩き出す。
「十分、答えになる……今回、オレのしたこと怒ってるか?」
「そんなわけないでしょ!戻ってきてくれてありがとう。扉を開けてくれて嬉しかったわ」
………一瞬、無言になるリヴィオ。
「あれはセイラがこじ開けたんだろ!?」
「誰もが、意表を突く作戦じゃないとだめだと思ったもの」
「作戦に神様を巻き込むなよ!……そういえば、どうやってアオと交渉したんだよ!?そんな簡単にできないだろ!?」
「秘密よ!リヴィオには秘密!」
「やっぱり恨みに思ってるよな!?」
私とリヴィオはいつも通りの言い合いをしながら屋敷へと歩いて行った。
知らなかったのだ。こちらではリヴィオがシンヤ君の記憶に悩み、あちらでは私の記憶でカホが悩んでたということを。
きっと知ったらお互いに笑いあったことだろうと思う。
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