扉の向こう側
謁見室に一人で来たのは初めてだ。女王陛下のガーネットのように美しい目がこちらを見据えている。
「お願いします。どうか一度会うことはできませんか?」
ふぅ……と陛下はため息を漏らす。
「できぬ。本人が拒んでおる」
「それでも会いたいのです!陛下を困らせていることは承知しています。ですが……」
私は必死で頼み続けている。そこへリヴィオの父であり宰相であるハリーが見かねて口を挟む。
「陛下、あのような別れ方は夫婦にとっては酷です。どうか一度だけ会わせてやれないでしょうか?」
「息子だからという情は切り捨てよ!と言ったはずだがの?」
ハリーは厳しい口調に、口をつぐんだ。陛下が珍しく苛立ちの感情を隠さない。
カムパネルラ公爵家はもしかして難しい立場にいるのかもしれない。黒龍をその身に宿すことができる彼は王となるに相応しいと思われているのが推測できる。家柄も身分もそれを許せるものである。
私はグッと拳を握りしめ、頭を垂れて懇願し続ける。
「扉越しでも良いので、会わせてください。陛下たちの見守る中でも結構です。お願いします!一度だけで良いんです!話がしたいのです」
陛下はそれなら……と頷く。
「リヴィオとセイラには王都や皆を助けてもらった貸しがあるからの……それくらいなら構わぬ。しかし同席させてもらうぞ?」
私とリヴィオが手を取り合って逃げると思っているのだろうか。……すれば一生追われる身になる。
「はい。陛下の温情に感謝いたします」
許してくれた陛下に感謝の意を述べる。
リヴィオの居る部屋は王城の奥だった。人もまばらで静かな場所……。部屋はかなり大きいのか、扉も大きい。
私の後ろには陛下とハリーのみ。
ドアをノックする。返事は無い。
「いつもこうじゃ。気にすることはない」
……あ、なるほど。拗ねモードなのね。と私は理解する。
扉に手を触れて語りかける。
「リヴィオ!私、セイラよ。扉越しで良いから話をさせてほしいの」
返事は無い。居るのか……居ないのか、聞いているのかもわからない。それでも私は続ける。
「一人で抱え込まないでほしいの。どうか私にも、その役目を半分背負わせてほしいの」
どうやって?と思われてるよね……。
ここで心に響く愛の言葉とか出る………というパターンをきっとこの場にいる誰しもが思うところ。
でもそれはない!私は扉の向こう側の彼へ声を大きくして言い放つ。
「私も黒龍の守護を受けてるのよ!さっさとここを開けて!」
『は!?』
陛下とハリーの声がハモる。
扉が内側から慌てたように開いた。
久しぶりに見た彼は少し痩せた気がした。……私は思わず彼の胸の中へ飛び込んだ。
「……セイラっ!」
名を呼び、迷わず抱きとめてくれるリヴィオ。
「すぐ傍に居たんじゃない。早く扉を開けてよ」
「なんで来たんだよ。会うと決心が揺らぐだろ。……今のはいったいどういう意味だ?」
リヴィオはなぜ来たと言いつつ、ギュッと私を強く抱きしめたまま、尋ねる。
私は肩にかかる服をまくり、彼に見せる。
ハッと息を呑むリヴィオ。
「なぜだ?なぜ、セイラにもあるんだ?黒龍の紋章が!?」
私の左の腕には黒の龍の紋章が痣のように黒色で描かれていた。
女王陛下とハリーが思わず見に来る。リヴィオが止めろ!と隠そうとするが、逆にそれは自分のものと同様であると認めている。
「どういうことじゃ?守護を受ける者が二人……?そんなことがあり得るのか?」
陛下が眉をひそめる。
「偽物ではないのか?」
ハリーが落ち着いて尋ねる。
「もちろん本物です。私は黒龍の紋章がどんなものなのか知らないので、描くことはできませんし、リヴィオの物と同じ物なのか確かめて頂いても良いです」
リヴィオの様子を陛下とハリーは見て、確かめる必要は無いと言う。
そのくらいリヴィオが動揺していた。
「セイラは器にしないでくれと……オレは約束をし、契約をしたんだぞ!?なんで自分からするんだよ!」
声を震わせて、顔を歪めている。私はキッと真正面からリヴィオを睨む。
そして両手でパチンッと頬を叩いて挟んだ。まっすぐに見つめる。
「私も半分背負うわ。一人になんてさせないわ。一人より二人の方が良いでしょう?」
リヴィオは目を伏せて、返事をしない。泣きそうだ。でも悪いことをしたなんて私は思わない。
「良いでしょうと……言うほど簡単な話ではないのだが」
陛下が後ろから苦笑して、そう言った。
私はリヴィオから身体を離し、女王陛下を真っ直ぐ見て、言う。
「そういうわけで、陛下、幽閉されるなら二人でお願いします。私もリヴィオと共に一緒にいます」
女王陛下が腕組みし、しばらく無言になった。
「監視者を傍につける。黒龍の力を利用してやろうという輩もおるからの。護衛と言っても良いだろう。ナシュレヘ帰るが良いわ。二人で大人しく幽閉されて居るとは思えぬ。この国から出ていかれるより、温泉旅館をしておるほうが安心じゃ。リヴィオに王は向かぬ……そのかわり、裏切るでないぞ。裏切れば容赦しない」
リヴィオは膝をつき、陛下に誓いの言葉を口にした。それは騎士の礼であった。
「女王陛下に変わらぬ忠誠を誓います」
私の方を見て陛下は笑う。
「温泉旅館があるかぎり、セイラはどこにも行きそうにないからの。わざわざ幽閉し、繋ぎ止める必要などないわ」
「その通りです。私はあの場所を大切にしておりますから……陛下のまたのご来館お待ちしております」
私とリヴィオは顔を見合わせた。
「オレ、なんかカッコ悪いだろ……」
後味悪そうにリヴィオはそう言ったが、私はギュッと彼の手と自分の手を繋いだ。
「ぜんぜんかっこ悪くないわ。私の傍にいて欲しいの。一緒に帰りましょう」
彼は返事の代わりに私の手を引っ張り、引き寄せ、再び、抱きしめた。ここに私が居ることを確認するように。
私は我慢していた涙が溢れた。二人で帰りたい。皆のいる場所へ。
監視者兼護衛の者を傍につけることで、話は進み、帰れることとなった。リヴィオについては知っている者も限られるし、私については陛下とハリー、リヴィオのみしか知らないため、口外しないようにすることになった。
「……で、どういうことなんだよ?」
リヴィオは私の行動について気になっていたようだ。二人っきりになった途端に尋ねる。
アオ!と私が呼ぶとピョコッと現れ、黒猫が私の頭の上にのっかった。
「てめー!オレとの約束を!契約を違えただろ!?」
「変な言いがかりはやめよ!神様なんじゃぞ!?敬え!」
ピシャリとアオが言うが、リヴィオは怒っている。アオは捕まえようとするリヴィオを避けて、私の腕の中へ逃げてくる。
「シンのしていた役目をセイラが引き継いで、妾に身体を貸す役目をリヴィオがすることにしたのじゃ!」
「なんでだよっ!?」
「私が、頼んだのよ。器をリヴィオにして、祖父のような形で私が役目を引き受けることは無理なの?って。そしたら、アオが許可してくれたのよ……ねっ?」
私の言葉にうんうんと黒猫は可愛らしく頷いた。
「ナイスアイデアであった。妾もリヴィオとシンはもう嫌なのじゃーーっ!本来なら、セイラが良かったのじゃ!!」
「選り好みすんなよっ!」
「神様だって、好き嫌いはあるのじゃ!!」
プイっとそっぽを向くアオ。
神様に身体を貸して同調できる程なのに、嫌がられるリヴィオはいったい……長年一緒にいたお祖父様もなのね?なぜなのかしら?何があったのよ……。
言い争うリヴィオとアオを連れて、私は賑やかに皆が待つ場所へと帰還したのだった。
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