〈もう一人の自分へ〉
溺れた所を助けてくれて、異世界まで助けに来てくれて、しかも中学の時より身長も伸びてかっこ良くなってて……これは好きにならないという方が不可避!
私のほうが気後れしてしまってることに気づいていないシンヤ君。
ホントにこんな私でいいの!?めちゃくちゃフツーなのよ!?シンヤ君に釣り合う自信がない!
最近気づいたけど、セイラの能力が多少ある。……と言っても、記憶力が上がったくらいと身体能力が前よりすばしっこくなった程度じゃないかな。
しかし鏡を見ても、どーみても……以前と容姿はちっとも変わってません。平凡だし、お化粧も苦手だし……もっと可愛い子はいるよ。
それなのに!こんな私を想ってくれるなんて!プロポーズまがいのことを口にしてしまったことを思い出して顔が赤くなる。
バスバスッと猫の抱きまくらに顔を埋めて、暴れる。動揺を静めたい!
「姉さん、辞書を貸……何してんの?」
弟のミツキが顔を出す。ドン引きしている。
「ノックしなさいよっ!」
「したよ……」
弟は中学三年生だが、女の子のような可愛い顔をしている。本人はそれがコンプレックスらしい。
しかし性格はハッキリ、チャッカリ、キツイの三拍子。
5歳にして『ミツキは好きなことをする』と旅館の跡継ぎにはならない宣言したというツワモノ。
「さっさと持っていきなさいよ」
ハイッと辞書を手渡す。しばらく私の顔をじっと見てから言う。
「彼氏できたの?もうちょっと女らしくしないと愛想尽かされるんじゃないの?」
生意気よ!と言おうとしたが、すぐに戸を閉めて逃げていく。
ピコン。
電子音。ドキッとして携帯画面を覗く。
シンヤ君からだ。『起きてる?』って入っているっ!
「起きてるよ。どうしたの?っと……」
ハテナマークの可愛いスタンプ付きで送っておく。なんかフツーの高校生みたいじゃない?
病院で寝ていて、その間に見た夢は鮮明で、延々とセイラとしての人生を送っていた。目が醒めたとき、一瞬、自分はどっちだろう?どこにいるのだろうと迷ったくらいだ。
目の前にシンヤ君がいてびっくりしたけど、居た理由もわかった。
……っていうか、私、次の人生も温泉旅館しちゃうんだよね?でも思ったより嫌じゃなかった。
以前より旅館の見習いの仕事は嫌じゃなくなり、母さんの言葉も素直に聞けるようになった。
旅館の経営の大変さやお客さんに喜んでもらうことの嬉しさがわかったからだと思う。
シンヤ君とのトーク画面を眺め続ける。つい送られてくるメッセージを待ってしまう。
『今度の日曜日。水族館行かないか?』
デート!これはデートですね!?
クローゼットをバンッと開ける。服と靴どれにしよう!?新しいのが欲しくなっちゃうわ……。
落ち着いて、私。その前に旅館の手伝いの確認しないとダメだったわ。たった一文送られてきただけなのに翻弄されてる。
「予定確認して、また返事するねっと……」
ピコンピコンと電子音。
『わかった』『おやすみ』
ホントにフツーの高校生カップルみたいだわ。シンヤ君はスタンプ無しで淡々と入れてくる。
「寒いから、暖かくして寝てね。おやすみなさいっと……」
私は可愛い猫のスタンプ付きで送る。
時々、シンヤ君は寂しそうな暗い表情になる時がある。異世界の喪失感を私が埋めれたらいいのに……思い出させることが怖くて、あまり話題に出さないほうがいいかなと避けてしまうことがある。
役目を中途半端に終えて来てしまったと話していた。それはもう一人の彼がシンヤ君の役目を引き継いでくれたからだ。今頃、大丈夫なのかなとセイラとしての私の心が心配してしまう。
その先の記憶もくれれば良かったのに、神様のさじ加減は絶妙すぎるわ。
私にできることは、1つだと思う。
セイラの心を強くするために、楽しく明るく、強く生きていく。
それがセイラの心の力になるのだから。
そっとカーテンを開けて、空を見上げた。雪がシンシンと降り続けている。明日はもしかしたら積もっているかもしれない。
リヴィオとセイラにごめんねと心の中で謝る。そしてありがとう。シンヤ君を帰してくれて。私を救ってくれて。
私は恩返しするために温泉旅館も頑張るし、この人生を明るくて楽しいものにできるよう努力する。
だから負けないでほしい。もう一人の私。
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