その身に宿すもの

 リヴィオは呟いた。低く、小さな声で短く。それはまるで呪文のようだった。


「来い!オレを使え!」


 ざわりとした大きな魔力が動くのを感じた。だが……何も起こらない?そう、思ったが、私の肩を抱き、耳元で囁くのは……リヴィオなのにリヴィオではなかった。金色の目が闇の夜より漆黒である。


「ま、まさか……」


 私の声が震える。圧倒的な力がこの場にビリビリとした感覚で満ちてくる。


 リヴィオが、この状況でも、ずっと余裕だった理由が、今になってわかった。


「妾である。しばし、リヴィオの身体を借りるぞ。妾の国で勝手をする者たちに身の程を思い知らせてやるわ」


 黒龍をその身に宿している。彼なのか黒龍なのか……どちらかがニッと不敵に笑った。


 待って!と止めようとしたが、黒龍は怒っているらしく、止まらない。


 ドンッという衝撃波で船がメリメリッと嫌な音を立てて壊れだす。沈む!私がそう思った時にはアイザックが何かを呟き、空を仰ぐ。黒いフードの人達が慌てふためく姿とザガートがなにやら叫んでいる姿を見たのが最後……視界が変わった。


 また船?だが、これはパーティー会場で使っていた船だ。アオが空間転移したらしい。


 船上で叫ぶ声。動揺し、皆は恐怖のため、転んだり、端っこに固まり、震えたりしている。陛下は警備の者たちに囲まれているが、取り乱すことなく、冷静に四本脚の巨大な狼の様な黒い獣を見据えていた。


 四体もいる!?私はとっさに魔法を放とうとしたが、それは不要であった。


 リヴィオが魔物の方へ駆けていき、白銀の剣を閃かせる。一瞬で魔物の体が砂となる。軽く跳躍して剣を振りかぶるとまた一体が消える。圧倒的な力。


 魔物に向かって一瞥し、手をかざして魔力を放つ。白い光に撃たれて、咆哮をあげ、獣の魔物が2体倒れる。


 そして空を見上げて呟く。漆黒の目がスッと三日月のように細くなる。口の端は笑みが浮かんでいる。その表情はどこか神秘的な美しさがあった。


「ふーん。他の者達もなかなかやるのぉ。街の方はもう倒したようだ。この国に魔物を入れようなどと戯けたことを考えたものだ」


 どうやら街の方の魔物は殲滅できたらしいことがアオの言葉でわかった。


 しーんと静まるパーティー会場。リヴィオの圧倒的な力は人外のものである。魔法を学んだことがあるものなら気づくだろう。呪文の一つもなく……こんな真似が普通の人間にできるわけがない。


「……アオ?なんでリヴィオの身体に居るの?」


 私は疑問を投げかける。ほんとは気付いている自分がいる。悪いと思いながらも、ついアオを責めるような口調になってしまう。


「仕方ないではないか。シンもこの者も『セイラだけは器にするな』と言うのだからのぅ。リヴィオの身体は不本意ではあるが、確かに適合する」


 私を器に……?私がなるはずだったの!?目を見開く。


 アオはリヴィオの身体に馴染んできたのか、グーパーグーパーと手を開いたり閉じたりしている。


「黒猫の姿じゃだめなの?」


「悪くはない。が、不思議なことに人の姿を借りるほうが力を発揮しやすいのじゃ……龍の姿ではあまりにも人の目に触れさせすぎるからのぉ」


 なるほど……いつからリヴィオと内緒話をしていたのか聞きたいと思ったところでアオが、時間だと言う。


「力は発揮しやすいのに、時間が短いのが難点なのだ。また会おう」


 そうアオが言うと、目を閉じた。


 パチッと開けた目はいつもどおりのリヴィオの金色の目だった。頭痛がするのか、頭を抑えてリヴィオは膝をつく。


「大丈夫!?」


 私が駆け寄る。リヴィオの顔色はあまりよくないが、大丈夫だと言う。声を聞いて、少し安心する。


「リヴィオ……黒龍と契約を交わしたのは……もしかして私の代わりなの?」


 声が震えてしまう。


「違う。勘違いするな。セイラのためだけじゃない。オレはシンヤでもある。あっちの世界ヘ帰ってもらわなくては、ならなかったんだ」


「でも、それだって私の……もう一人の私のためじゃない!」


 リヴィオもシンヤ君もどうして!?私は涙が溢れる。


 いつから黒龍と契約して、覚悟を決めていたのよ!?知らなかった。気づけなかった。


 最近のリヴィオにどこか違和感を感じていたはずなのに……なんで止められなかったの!?自分が愚かに見えてしまう。


「まさかリヴィオが……」


 ハッと私が顔をあげると陛下とハリーが立っていた。ハリーの顔は青ざめていた。


「陛下、見過ごすことはできませんか?」


 彼の父であるハリーは声を絞り出す。できぬと女王陛下はそう言う。


「黒龍の力だな?リヴィオ、一緒に城へ来てもらう」

 

「……わかっている。覚悟はしていた」


 リヴィオは立ち上がる。


「待って!行かないで!」


 私は思わずリヴィオの服の裾を掴む。ここで連れて行かれるわけにはいかない。彼はそっと私の手に自分の手を重ねて言う。


「すべては自分のためだ。セイラのためだけではない。自分を責めるなよ!?決めたのはオレたからな。悪い……傍にいれなくなってごめんな。オレのことは構うな。……そして忘れろ」


「できないわよ!」


 一度決めたリヴィオに私の言葉なんて届かないことがわかってる。それなのに私はそう言った。涙が止まらない。


 リヴィオがそっと手で私の涙をぬぐってから、身を翻した。捕らえようとする警備兵に触んな!と強く言い、陛下の所へ行く。


「さっさと連れてけよ」


「相変わらずの態度じゃの。しかし抵抗せずに来てくれて助かる」


 陛下は苦笑した。騒動にさすがに疲れた顔をしている。


 リヴィオは大人しく連れられて行った……幽閉されるために。


 私はなんのために頑張っていたんだろうか?何を見てきたのだろうか?わからなくなり、その場にへたり込み、動けなくなった。


 手からこぼれ落ちて失くしたものが大きすぎて……。

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