現れし、世界を繋ぐ者

 静かに佇むアイザックを見て、つまらなさそうにザガートが口を挟む。


「おい。ガイアス王国はおまえにどれだけ金をつぎ込んだと思う?そこのつまらん女の言い分でおまえの生き方を変えんのか?」


 ザガートとの言葉にハッとしたアイザックは顔をあげるが、どことなくためらいの色がある。

 

「チッ!つまらんやつだな。これだから魔物のいない地で過ごす奴らは嫌いだ。頭の中がお花畑なんだよ!」


「他国からわざわざ来て、この国を乱す理由は何だ?」


 苛立つザガートとは対象的に、リヴィオが静かに尋ねる。


「まあ、この国は一国しかない小さな大陸だからわからねーだろうがよぉ?こっちの大陸じゃ、トーラディム王国だけは魔物が出ない。何故かわかるか?」


「光の鳥の神の守護があるからだろう?オレは一度、見てきたから………」


「おかしい話だろ?違和感がないか?神の寵愛を受けしトーラディム王国だけは守っているんだぞ!侵略をあの国にしようものなら、神の鉄槌がくだる。ガイアス王国は隣国なのに、なんの守護もない!」


「それはそっちの大陸の国同士で、やっててくれよ」


 リヴィオがうんざりした顔で言った。ホントにそれよ!そうだそうだ!と私も頷く。


「馬鹿なのか?他にも神はいる」


「奪うつもりか?」


 リヴィオの声に冷たさが宿る。金色の目を細めた。


 フンッとザカートが小馬鹿にしたように鼻先で笑う。


「神を強奪して何が悪い?守る人間に何か違いがあるか?おい!アイザック、どうしたい?」


 呼びかけられたアイザックが一度、大きく深呼吸し、息を吐く。


 そして、こちらを見ずに投げやりに言った。


「王都に魔物を解き放て」


 ……だめなの?アイザックに私の言葉なんて届かない。シン=バシュレの言葉なら届くかもしれないけれど、私ではだめだ。


 私はゼキに謝らなければならない。彼の心を救えなかったと。


 私が唇を噛み、下を向きかけたその瞬間だった。


「あー、まぁ、ここまでにしておかないか?可愛いセイラがあまりにも成長してて、嬉しくて見ていたら、出るタイミングを失ってしまった」


 黒いフードの集団から聞き覚えのある声がした。パサリとフードを取った人がいた。


『シン=バシュレ!?!?』


 やぁと明るい顔と軽いあいさつで現れたのはシン=バシュレの祖父であり、シンヤ君だった。


 容貌は若く、夢で見た高校生の姿と変わらない気がする。


「アイザック、もうやめろ。おまえには黒龍のことなど忘れて、新しい人生を歩いてほしかったんだ」


「勝手なことを言うな!置いていかれた者の気持ちを考えたことがあるのか!?」


 困ったような顔をするシン=バシュレ。


「寂しい思いをさせたな」


「要らないなら要らないとはっきり言ってくれたほうが良かったんだ!」


 ごめんなと謝り、シンは微笑む。聞き分けのない子どもを見るように。


 アイザックは子どもに戻ったようだ。本当は家族が欲しい甘えたい子どものままのアイザックなのかもしれない。


「ただ……もう一度会いたかった」


 本当の心の声をアイザックがポツリ呟く。わかってるよと優しく頷くシン。


「シン………」


 シンヤ君!と私が口にするより早く、遮り、リヴィオが叫ぶ。


「やっと会えたな!元の世界へ今すぐ帰れ!」


 えっ!?と、私は驚き、リヴィオを見た。


!帰ってカホを救え!」


 シン=バシュレの飄々とした顔が崩れた。とまどいを隠せない。


「なんで……おまえ……もう一人のってどういう意味だ!?」


 リヴィオが自分の首から銀の護符をはずすとシン=バシュレに投げた。大神官長様にもらった護符!?


 右手でキャッチしたのを見届け、続けて言う。


「それを持っていけ!」


「あっちの世界ヘ?日本へ帰れるのか?」

 

「今だからこそ、帰れる。行け!……行って、もう一人のセイラであるカホを救え!」


「セイラがカホだって!?え!?転生者ってことか!?」


 シン=バシュレもいきなり起こった出来事を必死に整理しようとしている。


 ど、どういうことなの!?私は話についていけずに呆然とした。


「この世界はこの世界に生きる者に任せろ。後はどうにかするから、行け!日本へ!カホのところへ!」


 シン=バシュレに手を伸ばすリヴィオ。


「本当に帰れるのか?帰っていいのか?」


 この場にいる者は理解できない。前世の記憶がある私すら……リヴィオがシンヤ君の転生者であることを、すんなり受け入れることができない。

 

「オレに触れろ!」


 私は言わなくちゃ!会ったら言いたかった一番の言葉を!きっとこれが最後だ。

 

「シンヤ君!………ありがとう!助けてくれてありがとう!」


 私とリヴィオを交互に見る。早く!とリヴィオが急かす。


 シンヤ君は心をすぐに決めた。距離を一気に縮め、バッと手を伸ばしてリヴィオの手に自分の手を触れさせる。


 バチッと大きな音がしたかと思うと白い光が起こり………消えた。シン=バシュレが消えた。


 リヴィオがよしっ!と呟く。


 ……いや?待って?


「よし!じゃないわよ!?ど、どういうこと!?いつからなのよっ!?いつからリヴィオはシンヤ君の記憶があったのよ?私が倒れた時は知らなかったわよね?なんで言わないの!?」


「落ち着け、セイラ!」


 混乱する私。話を聞いていたアイザックやザガートもまったくわからないようだったが、リヴィオがこの世界からシン=バシュレを消したという事実だけはわかったようだ。


「なにをした!黒龍の力を持つ唯一の者をどこに消した!」


「どこって?帰っただけだ。居るべき場所へとな」


 怒るザガートに肩をすくめるリヴィオ。


「自分が何をしでかしたのかわかっているのか!?自国の神の守護者を失ったんだぞ!」


 憎々しげに言うザカート。


「シン……シンがいなくなった?もう会えないのか……」


 アイザックはブツブツと呟き、心、此処にあらずと言う感じである。


 そろそろ花火はフィナーレに入る。終わってしまう……。


「もうこの国に用は無い」


 ザガートが冷たい声でそう言い、手に魔法陣を浮かび上がらせた。


「最後に置き土産をしておいてやるよ。せっかく用意をしたんだ。魔物達を解放してやらないとな!」


 魔法陣が飛び散り、パリンと割れるような音がした。魔物の檻が解き放たれた。王都が危ない!


 私はその瞬間にポケットから耳にイヤホンのようなものをはめ込む。口元には球体を当てる。


「セイラ、何してんだ?」


「リヴィオ、後から色々聞きたいことあるわ。とりあえず!私を守ってくれる?」


「もちろんだ」


 彼が右手をスッと横薙ぎにすると魔法剣が現れた。白銀に光る剣を構えるリヴィオ。


 そして『レイヴン』様に私は力を借りる。


「レイヴン……れいぶん……例文。護符の例文を王都に流行らせておいたのよ。私の視覚となるようにね」


「あの王都で流行ってる変な『レイブン』様の御札は!?まさかセイラの仕掛けだったのか!?」

 

 私はそうよと言ってニヤリと笑った。各窓辺に貼られた紙から王都の様子を覗き込むことができる。


 しかし船上の様子が一時的に見れなくなるため、リヴィオに守ってもらうしかない。


 街は混乱をしている様子はない。淡く光る街並みはキレイでからくり人形が小躍りしながら、街を闊歩している。小型で猫くらいの大きさなので可愛すぎる。さすがトトとテテの開発した人形は楽しそうだ。


 祭りの余興と思ってるらしく、街の人達がカワイイ!と喜んでいる。和やかな雰囲気である。


 しかしこちらは緊迫している。


「こちら、セイラよ!魔物が解き放たれたわ。ABC地点から王都の守護を行うわよ!」


『了解!』


 イヤホンから騎士団長、王宮魔道士、ジーニー、トトとテテの声がした。


 あのスノーレースで使ったトランシーバーの改良版である。


 しかし魔力の消耗はこちらのほうが遥かに高いため、長くは保たない。急がないと。


 騎士団も王宮魔道士達も弱くはない。なにせエリート揃いなのだ。魔物と遭遇し、戸惑う様子は伺えるが、絶対にできる!


 私はすぐに指示をだす。


「A地点、街の南にあらわれた魔物は……えーと、たぶん二体ね!頼むわ。B地点は西側に一体確認!C地点は東に二体出現!」 


『了解!』


 次々と報告がくる。


『少し動揺しているが大丈夫です。今、一体倒しました』


 騎士団長がそう返す。さすが騎士団!


『意外とイケるわっ!こっちも倒したわ!後一体!』


 リリーから返信。王宮魔道士達も大丈夫そうだ。


『そっちこそ大丈夫か………おいっ!周囲に被害がないように頼むよ』


 ジーニーの後ろからトトとテテのキャー!とはしゃぐ声がした。


 私が安心しかけた頃、耳から慌てた声が入った。

 

『大変なの!陛下の乗っている船に!魔物が現れたって報告があったわ!』


 リリーが動揺している。


『え!?船に!?……そこはもう任せても大丈夫そうよね?一旦切るわ!』


『殲滅できた』『大丈夫よ!』『任せろ』


 三人の心強い声に私は通信を切った。


 船上はリヴィオと対峙しているザガートとアイザックだったが、動きはあまりなさそうだった。むしろ私のしていることにザカートの方は驚きを隠せずに見ていた。


 私は陛下の船の方角を慌てて見て告げる。


「リヴィオ!!陛下の船にも魔物が出たって……」


「なっ!?あの船にも隠していたのか!?」


 私とリヴィオの動揺に笑うザガート。静かなアイザック。


「この国の平和ボケには呆れる。あの船にはこの国の王族と貴族だらけだったからちょうどいいだろ?」


 女王陛下だけではない……リヴィオの父のハリーやステラ王女、レオン達やたくさんの貴族がいる。


 花火は終わった。静かな海。


 ……女王陛下の船はまだ海上だ。警備の者たちで撃退できるだろうか?


 リヴィオが仕方ないなと呟いた。


「セイラ、先に謝っておく。ごめんな」


 その言葉は……私に嫌な予感しかさせなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る