闇夜を照らせ

 幽霊船の上には黒フードを被った人たちが居た。


「アイザック様、ご無事で……」


「この者たちが?黒龍様のご加護を持つ者ですか?」


 アイザックがそうだと言うと私とリヴィオに向かって、もう一度確認するかのように言う。


「いいか?抵抗したり変な行動をすれば、王都に魔物を放ち、女王の船にいる同胞が行動を起こす」


 わかってるとリヴィオはめんどくさそうに返事をする。指定された船上の柱の所に私とリヴィオは座った。


 周りには黒いフードを目深にかぶった人達。皆が、同じ格好をしているが、一人だけ違う者がいた。


「あれは……?」


 詰め襟の軍服のような服装に褐色の肌、ダークブラウンの髪をした背の高い男はだった。


「見たことないやつだな」


 リヴィオもそう呟く。服装や出で立ちに違和感がある。なんだろう?


「こいつらをどうするんだ?」


 ぶっきらぼうに言う褐色の肌の男。


「神の力を借りることができるかもしれない二人だ。シン=バシュレのように」


「へー。じゃあ、もしそうなら、予定通りガイアス王国へ連れて行くぞ」


 ガイアス王国?私は記憶を拾う。リヴィオの顔色が変わった。


 リヴィオがジーニーへあげた本のなかに出てきた国だ。確か……。


「トーラディム王国の隣国ガイアス。魔法科学の発展している国だ。トーラディム王国へ行った時に名前は聞いた」

 

 険しい顔になって、リヴィオは言う。


「まさか、他国が絡んでいるなんて、めんどくさい事態だな」

 

 アイザックと褐色の肌の男がその言葉にこちらを見た。


「シンにこの国から追放され、なかなか帰れない地へやられたからね。ガイアス王国で暮らしていた」


 私に数歩、近寄る。アイザックの目には憎しみの色が浮かんでいる。リヴィオが私の前に庇うように出る。


「わかるか?信頼していた人からいきなり突き放された気持ちが!?知らぬ地で生きてゆけと言われたときの気持ちが!?」


 お祖父様は私には優しかった。しかしそれは私にだけだと父は言った。だけど……信じていたい。私は祖父やシンヤ君は理由もなく、そんなことをする人ではないと。


「お祖父様が、そんなことをするのは何か理由があると思うわ」 


「むしろ好きに生きればいいだろ?なぜこだわるんだ?」


 私とリヴィオの物言いに赤い髪のように顔が赤くなる。


 カッとなったアイザックは手近にあった樽を蹴飛ばした。ガンッと大きな音がして転がる。


「おいおい。少し煽られただけだろ?落ち着けよ」


 褐色の男があざ笑うように諫める。


「だけどクソ生意気な二人だな」


 冷たい目で私とリヴィオを見下ろす。


「ガイアス王国としても、神の力は欲しいところだが、あんまり生意気なら立ち上がれない体にしてやってもいいんだぜ?とりあえず器として持ち帰ることが任務だからな」


 剣の柄に手をかける。……まずい。


「おまえらが反撃してくれば、街の者たちが死ぬぞ」


 リヴィオが私を抱きかかえて、男を睨みつける。

 

「ザガート、時間だ。そろそろ始まるショーをまずはみせてやろう」


 アイザックの言葉にザガートと呼ばれた褐色の男は思い出したように、そうだったなと言う。


 ショー?私とリヴィオは顔を見合わせた。

 

 時刻を確認するように懐中時計を出す。そしてアイザックはニヤッと笑い、始まるぞと言う。


 王都の街の灯りを指さした。


 ポツ……ポツポツと灯りが!消える!?


「どういう仕組み?……魔法の力を無効化したの?それとも魔石を割ったの!?」


 驚いて私は推測を口にした。アイザックはその反応に満足し、笑いながら話す。


「ハハハッ。聡明で冷静だね。わかったところで何もできないだろうがね。王都の生活の源になっている魔石を割った。王都には同胞たちがいると言っただろう?」


 王都にはライフライン用の巨大な魔石がある。発電所みたいなものだ。


 しかし、どうやって!?あそこには守っている者たちもいて……私はハッとした。


「黒龍信仰者の仲間の中には、魔石のある場所に出入りできる者がいるってこと!?」


「当たり前だ。意外と入り込むことは容易だ。王都の街は今頃、混乱しているだろうな」


 手引きしたやつが内部にいるってことね……王都が心配になってきたが、信じるしかない。王都を守る騎士団と王宮魔道士達を。


「待たせたな!今から黒龍を呼び出す!」


 船の上の黒尽くめのフードの人たちがおおーと歓声をあげた。


「黒龍がどちらを護っているのか確認してやろう……まずは『黒猫』からだ!後から、しっかりシンの愛する孫娘も斬り刻んでやる」


 リヴィオが腕を掴まれて立たされる。私はだめ!と叫ぶ。リヴィオは平然としている。不思議と彼の余裕は消えない。なぜだろうか……。

 

「その金色の目が気に入らない。シンを思い出させる!ザカート、やれ!」


 楽しげにザガートが唇の端をあげた。剣を抜き、リヴィオの目に狙いをつける。


 ……そうはさせないわ。


 私はこの時のために準備をしてきたのだ!照らせ!明かりを灯せ!


「黒龍の加護があろうがなかろうが、私は負けないわよ!」


 私の声に、セイラ!?とリヴィオが驚いてこちらを見た。服の隙間から物を取り出し空中へ投げた。弾ける閃光。


 眩しい光が空を明るく白く一瞬だけ照らした。


「な、なにをした!」


「なんだ!?」


「何が起こった!?」


 ざわめく周囲。


 その瞬間、夜空に花が咲いた。美しく鮮やかな色とりどりの花。


 ドーンと鳴る花火。効果は30分。


「花火?そんな!?」


 私は笑った。


「祭に花火はつきものでしょう?」


 レイチェルと漁師たちのツテで海上での打ち上げ花火を用意しておいたのだ。今の閃光弾は開始の合図だった。


 こんなこともあろうかと!


 ……まぁ、何もなければないで、陛下へのサプライズプレゼントの予定だったんだけどね。


「小賢しい真似を!………あれは!?街が!ど、どうなってる?」


 アイザックがさらに驚く。


 街がほのかに光っているのだ。淡い虹色に輝く街は幻想的に見える。


「トトとテテのからくり人形部隊が今頃活躍しているわ。お祖父様の光るインクを改良したのよね」


 からくり人形達が街中に虹色塗料と呼んでいる物をばらまいてることであろう。


「いつの間に……これか!トトとテテとセイラで作っていたのは!」


「フフッ。なかなかすごいでしょ?敵は暗闇に乗じて事を起こす確率のほうが高いとジーニーと分析したのよね。だから暗闇対策はバッチリしておいたのよ」


「なるほど。すげー準備だな。良い景色だ」


「虹色塗料の開発にはエスマブル学園の先生方の力も借りてるわ」


 王都の人達は……きっと祭りの余興だと思っているだろう。次々と上がる花火が煌めき、夜空は星が瞬き続ける。


 ドヤッと得意顔になっている私を見て、昔のセイラっぽいなーとリヴィオが呟いていた。


 昔の?私??大人しく控えめだったと自分は認識してるんだけどと首を傾げた……昔のセイラのイメージが私と彼とでは誤差があるのかな?


「どう?神の力は偉大だけど、人の力だって捨てたものじゃないでしょう?魔法の力は使ってないわ。でも綺麗でしょう?」


 私が微笑んでそう言うと、アイザックが目を見開く。そこには意思の揺らぎを感じた。


「シンも人の力や思いは捨てたものじゃないと言っていた……だが神は不平等すぎる。与える者にたくさんのものを与え、奪う者には容赦なく奪っていく!」


「神様のことはわからないわ。でも確かに平等ではないと言うのもわかるわ。私だって自分が不幸だと思っていたもの。なんで私だけ、家族の中に入れないのか?一人でいなきゃいけないのか?何か悪いことしたのかな?って。一人で生きるのは寂しくて辛くて、この世界から消えても良いとすら思っていたわ。あなたも一人が嫌だっただけじゃないの?ただシン=バシュレが好きで、一緒に居たかっただけなんじゃないの?」


「それは……お前が今、幸せだから言えることだろう?」


 私は彼の言葉に頷く。


「幸せになれるチャンスを掴めるわよ。アイザックだって、まだ遅くはないわ。間に合うわよ!あなたが『海鳴亭』で見た家族たちの光景を手に入れることもできるわ!」


 私が温泉旅館で、初めて彼と会った時のことを思い出していた。アイザックは楽しげな楽団やお客様達をジッと見ていた。その眼差しは切なさすら感じた。


 アイザックの本当の思いは……家族が欲しい。一人でいるのは怖くて寂しいのではないだろうかと思った。以前の私と同じように。


 無言になるアイザック。


 彼は花火の音と周囲の人達のざわめきが聞こえていないかのようにぼんやりとしていた。


 誰かに救ってほしい。誰かに止めてほしい。そんな気持ちが残っていればいい……私は祈るようにアイザックを見ていた。


 


 

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