船上パーティー

 夜桜をライトアップし、露天風呂に映る桜はいつもより特別感のある温泉へと変化する。

 

「桜の季節がまた巡って来たわねぇ」

 

 私の呟きが温泉の中に響く。まだ七分咲きほどの桜は湯には落ちてこない。水面を揺らして、その桜の姿を変えて楽しむ。


 明日は王都で春花祭が行われる。準備のため、早朝から王都に行くこととなる。


 春は来た。何かが起こっても不思議ではない。


 人のことは知らないとばかりに、今年も桜は綺麗に咲き、夜の闇の中、浮かび上がっていた。


 次の日の春花祭は陛下の誕生日パーティも兼ねた催しがあった。私とリヴィオも招待され、船の上にいた。


 夜の王城が遠くに見え、青い色にライトアップされていて特別な日だと知らせている。


「先日の話から、随分と避けてくれたものだの」


 女王陛下が苦笑する。確かにあれから会っていない。


「気の所為ではないですか?」


 シレッと言うリヴィオに宰相の父がリヴィオっ!と名前を呼び、叱責する。


「お誕生日おめでとうございます。陛下のご健康を……」


 私がお辞儀し、定型文的な口上を述べようとすると、よいよい!と陛下は気さくに笑いかけ、船上パーティーを楽しむのじゃ!と早々に私とリヴィオを解放してくれた。


 どことなく陛下は先日、疑ってしまったことを申し訳なく感じているのだとわかった。


 テーブルの上にあるフルーツの入ったお酒を私は手にする。


 リヴィオは他の貴族と談笑を始めている。


「セイラさん!」


 ステラ王女とレオンが二人で揃って、声をかけてきた。


「あら?」


 少しステラ王女は照れくさい感じで並び、レオンが口を開く。


「実は結婚をすることにしました」


「ええっ!それは、おめでとうございます!ステラ王女、ほんとに……良かったですね」


 その報告が嬉しくて、フフフと私は笑って言うとステラ王女が頬を赤らめる。


「無理かと思いましたけど、ほんとにわたくし……嬉しいのですわ。レオンを捕まえましたわ!」


 レオンは捕まってしまいましたと半ば冗談っぽく言った。


「式には絶対出席してくださるわよね?」


「もちろんです!お祝いさせてください」


 二人は幸せそうに寄り添う。ステラ王女の真っ直ぐな想いはとうとう叶うことになったのねと私は自分のことのように嬉しかった。


 楽団が明るい音楽を鳴らしている。


「えっと、そういえばゼイン殿下は見かけませんが?」


 私の問いにステラ王女は街を指差す。


「彼女を招待しないなら、来ないと言って、街にいますわ」


 ……それもまた、彼の覚悟かもしれない。共に街の祭りを楽しんでいることだろう。


 以前なら無理矢理、この場に連れてきていたかも知れないゼイン殿下だが、しないのは彼女のためだろう。


 ふと私はさっきまでいたはずのリヴィオを探す。……いない?人が多すぎて見失ってしまったようである。


 ……見失う?違う気がした。私はバッとドレスの裾を翻した。お客さんたちの中をくぐり抜け、船の中に入る。いくつも部屋が並び、赤い絨毯が敷かれている。


「リヴィオ!?どこ!?」


 パタパタ走るがヒールのある靴はうまく走れない。時々、メイドや給仕係に出会う。尋ねるが、見ていないと首を振られる。


 一気に不安が押し寄せる。彼は私の傍を離れることなんてない。私の護衛と自分で言っていたではないか?


 スタッフ用の手近な一室に入り、素早くドレスを脱いで、軽装にした。一室にあった給仕係の服を適当に着て行く。その方が走りやすい。


 まさか事はもう動いている?


 私ならどうする?相手の立場で物を考える。


 こんな時、警備が厳重な時、手を出すにはどうする?……ここで事を起こすのは無理だと思う。


 落ち着け!頭を使え!今こそ、このセイラのスペックを使い、本気を出すときでしょう!?


 ふと、避難用にある小さいボートに目がいった。パッとボートのある所へ行くと1隻だけ鎖から外されていることに気づいた。


 下を見ると、1隻だけ、動く影。


 あれだわ!と私は船の窓から跳躍した。距離を調節するため、風の魔法を使う。


 行くか行かないか?たぶん行けば怖い思いをする。わかっているけど、私の中には選択肢は1つしかない。


 私とリヴィオは一緒にいなくちゃいけない。足手まといになる?でも私だって彼を守りたいのだ。


 そんな思いが衝動的に私を突き動かす。


 ダンッとボートに跳び乗った。揺れるボート。


「なっ!?なんだ!?」


 私の登場の仕方に意表を突かれたらしく、相手が驚きの声をあげた。


「おまえ!なんで来たんだよ!」


 ビンゴだわ。リヴィオが怒る。怒りながらも私の体を自分の所へ引き寄せる。


「置いていくなんて、あんまりでしょっ!わざと離れたわね!?」


「オレ、一人で事足りるから、それで良いんだよ!なんで危険なところに来たんだ!クビを突っ込むなよ!」


「なんで一人で行くのよ!」


 そう私が尋ねると、リヴィオは言い合いしていた言葉に詰まる。その様子に私は察した。


「……ちょっと!?リヴィオを脅したわね!?」


 船を漕ぐ黒いフードを被った男にそう言うと、男はアハハハと笑い、フードをとった。燃えるような赤い髪は暗闇でもよく映える。


「アイザック……」


 私が苦々しく呟く。


「さすがシンの孫娘!お転婆以上のものだね。いいね。嫌いじゃない。その無謀さと真っ直ぐさはシンによく似ている」


 愉快そうに笑う。


「『黒猫』にあの場にいる者たち、街の者たちを人質にすると言ったら、すんなりついて来てくれたよ」


 リヴィオは肩をすくめて言う。


 チラリと私はその仕草を見て、不思議に思う。なんだろうか?リヴィオにはやけに余裕がある。その違和感をずっと私は感じているが、理由がわからない。


「おしゃべりなやつだな……狙っていた相手から来てくれたから俺にとってはラッキー以外な んでもないけどな」


「人質?」


 アイザックがそうだと言う。


「抵抗すれば船に潜む仲間たちが貴族と王族を襲う。街の各所に配置した魔物を解き放つとね」


 盛大な人質と陰湿な作戦ねと私は皮肉っぽく言った。


「なぜリヴィオなの?」


「もちろん、いずれセイラも迎えに行くつもりだった。本命はそっちだからね。でも先に『黒猫』を片付ければ簡単に君は手に入れられる」


「私を甘くみないほうがいいわよ?」


 黒猫は強いけど私は弱いからってこと!?


「なんで煽るんだよ。相変わらず、負けず嫌いだなー」


 リヴィオが呆れている。アイザックがそんな意味ではないと私を見て嘲笑した。


「『黒猫』と違って、君は絶望に弱く心が折れるのも早い。彼がいなくなれば、抵抗できず死にたくなると思うよ。その時の顔がみたいね……そう。シン=バシュレがいなくなった時の君の顔をもう一度みたい」


 あの時も来ていたの!?私は目を見開く。この計画をいつから考えていたのだろうか?ゾッとする。心がリヴィオより弱いのは間違いない………それは否定できないわ。


 リヴィオがやけに強気で、アイザックに言い返した。


「勝手なこと言うなよ!なんでそっちが勝つ気なんだよ!勝つのはオレだ!」


 アイザックはいつまで強気でいられるかなと言い、背後に現れた船を指さしニヤリと嫌な笑い方をして言った。


「我らが本拠地、幽霊船へようこそ!」

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