幕間
〈駆ける夏〉
オレは海辺に立っていた。気づけば変わらない自分の姿。
あの世界へ行く前に戻っていた……夢を見ていたのか?随分と長い夢だった気がした。
海岸にいるとオレの姿を見た人が騒ぎ出した。行方不明だったやつじゃないか!?おい!大丈夫だったのか!?と声をかけてくれるのは捜索してくれていた人達だろうか?
その日は警察から話を聞かれたり、病院で検査を受けたりした。
母は泣いていたし、最近忙しくて顔を見ていなかった父すらオレから離れなかった。普段は放任な両親だったが、さすがに心配していたらしい。
いきなり帰ってきて、日本のいた頃の自分に戻れるのか?夢から醒めた……そんな感じで、まだぼんやりとしている。ただ魔力は1つも感じられなかった。それが普通。だけど……。
夜になり、やってきた人がいた。カホの両親だった。
旅館の女将らしく、仕草が丁寧なカホの母。無口そうだが優しそうな父。どこか二人ともやつれていて疲れた顔をしていた。
「カホを助けてくれたと聞きました」
『ありがとうございました』
声を揃えて礼を言い、深々と頭を下げていく。オレは……カホは助かったのかとホッとした。長い時をかけて黒龍と契約をしたのは彼女の命を助けるためだったからだ。
あの日、海で意識を失ったカホに呼びかけていると、聞こえた声。何者かわからないが、なんでもするから助けてくれと無我夢中で契約を交わしていた。
自分の自室のベッドで眠ったが、自分の部屋と感じるには異世界で過ごした長い時が経ちすぎていた。
それがここでは一週間ほどだったと、ようやく気づいた。
マジかよ。浦島太郎の逆バージョンってことか?……そう理解する。
あまりよく眠れないまま朝を迎えた。朝日が眩しい。思わず口にしてしまう言葉があった。
「高校生を演じろっていうのかよっ!」
そうだ!高校生だ。オレは日本の高校生だった!
父さんが今日は登校日でなんともないなら、学校へ行き、心配してくれた先生や友達に挨拶してこいという。
忙しそうな母さんの弁当は断り、コンビニで昼飯買って行こ……。
制服を着た自分が鏡に映る。日常生活にこうやってサラッと戻るもんなのか!?鞄どこだっけ?持ち物ってなんだ!?時計の針は止まらないし、やばいと焦る。
マジかよ!と学校へ行く準備し、遅刻に心配するマジメすぎる自分自身にツッコミを入れた。
外に出ると、暑い湿気の多い日本の夏。ミーンミーンと蝉は暑さを倍増してくる。
サボりたいな……でもカホに会いたい。でも……あいつはなんの記憶も無いから、会ったところで、ただのクラスメイトで誰?あんた?状態だろう。せつなすぎるだろ。
はあ……と嘆息した。まさかとは思うが、オレ、リヴィオみたいに、現世でも追いかける側なのかよ。
オレにはリヴィオの記憶がある。帰ってきた瞬間に思い出した。今までなかったことが嘘のように当たり前の記憶としてあった。
……なんだよ!それ!くそー。もっと早くリヴィオの記憶が欲しかった!運命の神様のさじ加減ってやつか!?
異世界が夢でなかったことはわかる。なぜならオレの首には銀の護符がかかっている。何に使えってんだよ!?説明してからくれよ!もう一人のオレ!
教室に入るとクラスメイト達が大丈夫か!?と心配してくれる。やばい。名前が出てこない。記憶を辿る。……遠すぎる。
「ええっと……カホは?サクラカホは今日は来ないのか?」
え?とクラスメイトの一人が言った。
「なんだよ?聞いてないのか?佐倉はまだ昏睡状態だ。病院だ」
「は!?」
どういうことだよ!?オレが……黒龍の願いを中途半端にし、帰ったからか!?助かってないのか?
カホと仲が良かった友人らしき人物が病院と病室番号を教えてくれた。
オレは教室から飛び出していた。
もう一人のオレが帰ってカホを救えと言っていた。今すぐ会いに行きたい。行かなきゃダメだ!
駅の改札をくぐる。電車時間がいつもより長く感じる。目的の駅で降りる。駆けていく。
街路樹は鮮やかな緑色でアスファルトから熱を感じる。
汗が伝ってくる。こんな時、いつもなら力を使えていたのに!今、欲しい!あの力が!アオを黒龍を呼び出したい。
息をきらせて走るしかない自分が無力で小さく感じる。つい昨日まで最強だと言われていたのに、どうして、ここではただの男子高校生なんだよ!?
病室は静かだった。流れる汗を白い制服のシャツの肩で拭う。
クーラーが効いた部屋の白いベットで眠っているカホは頭に包帯を巻き、腕には点滴。目を閉じている。
息を整え、目の前にずっと会いたかったカホがいる。起きる気配なんてない。
目の前にしてるのに、どうしようもないほど何もできない。なにしてんだ?オレ?なんでだ?ヤバイ……泣きたくなる。
その時、チリッと胸元が熱く感じた。唯一異世界へ行ってきて残ったものだ。これ……まさか?
取り出して外す。異世界の文字が書かれている。カホの額へ当てると、サラサラと溶けるように消えた。
「起きろよカホ!……セイラ、起きてくれよ!」
思わず、そう名を呼んだ。その瞬間、ピクリとまつげが動いた。スッと目が開いてこちらを見た。
そして笑った。
「おかえりなさい。シンヤ君、助けてくれてくれてありがとう」
こちらに帰るときに言ったセイラの言葉そのまんまのセリフをカホが口にした。
泣いている自分に気づいたのはだいぶ後のことだった。
帰ってきた。……ただいま。
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