【ナシュレのお医者様】

 ナシュレの街には若いお医者さんがいる。


 白銀の雪の中、子どもたちと青年の声が混ざり合っている。


 近づいて行くと、雪玉を当てたり、小さな丘から、そり滑りをしたり十数名の子どもたちが賑やかに遊んでいた。


「アラン、相変わらずねぇ」


 私が子どもに混ざって遊んでいた青年に声をかけた。笑い声が響いている。


「あっ!セイラ様!街に何か用事なのですか?」


 茶褐色の目がキラキラしている。あの頃と変わらない真っ直ぐな視線。


「街の様子を見に来たのよ」


「なんだ?知り合いなのか?」


 後ろに控えていたリヴィオが出てきて口を挟む。アランはいきなり慌てだす。


「うわ!伯爵様!お、俺は……」


「知っている。街の腕のいい医者だろ?エスマブル学園出身とも聞いた。やけにセイラと親しいな」


 ナシュレの領主はリヴィオが担当していたので、知ってはいたようだが、私とアランの関係は謎らしい。


「もともと彼はバシュレ家の下男をしていたんだけど、私がソフィアに湖に突き落とされて、そこを助けてくれたのがアランだったの。でも

私を助けたせいで……ソフィアに目をつけられて嫌がらせのように解雇されたのよ」


「いやー、あれには参りました。まさか助けたら、怒られて解雇されるなんて思いもよらなくて!」


 リヴィオが金色の目を見開く。


「突き落とされて……!?ちっ……やっぱり牢獄行きじゃ足りねーな」

 

 舌打ちし、不穏な悪態をつく。その言葉にアランがアハハと乾いた笑いで場を和ませようとする。


「でも俺にとっては逆にラッキーでしたよ。お嬢様がナシュレの領主になって、すぐ声をかけて頂き、さらにエスマブル学園で勉強することになり、ほんとに感謝してます」


「それはアランがもともと勉強熱心だったから、そんな道も開けたのよ」


 アランの給金はほとんど本に使われていた。私がお礼をしたいと言った時『本が欲しいです!』という返答には驚いた。


 勉強していた理由は……。


「こうして医者にもなれて、俺は本当に幸せです」


 医者になりたかったらしい。私は卒業してからアランをナシュレに誘った。


「ナシュレに来てくれてありがとう」


「いいえ!ナシュレは良いところだし、父母や妻と過ごすには最高の場所です!」


 アラン先生〜!と、遠くから呼ぶ女性の声。


「うわ!もうこんな時間か!?そろそろ仕事に戻らないと!」

 

 慌てて服についた雪をパタパタ払い、振り落として立ち上がる。


「そうだ!頼まれていたものは完成しています!持っていってください!」


「とうとう完成したのね!」


 リヴィオがキョトンとする。


「頼まれたもの?なんだそれ?」


 私はニヤリとした。


「実はエスマブル学園のドリー先生とアランで共同開発してくれていたのよ。温泉の成分を分析し、かつ一般家庭でも楽しめる………」


 アランがじゃ~んと軽いノリで出してきた小袋に入っている物。それは……。


「『温泉の素』?って書いてあるな」


 リヴィオが文字を読む。


「薬草学の専門のドリー先生ですが、こういう成分を分析することも得意で、俺もしてみたくて一緒にしていたんです。分析した成分を素にして作られたのが、これです!お湯に溶かして使うなんて……セイラ様の案がすごいです」


「お土産として置きたかったのよね。新発売『花葉亭入浴剤』!家庭でも温泉気分を味わい、これであなたもお肌すべすべに!」


 私の売り文句にリヴィオが商人魂すげーと呟く。


「これはセイラ様用の薬草茶だそうで、ドリー先生からです。素敵な温泉旅館のお礼と言ってました」


「えええーっ!……そんな。悪いわ」


 ドリー先生の特製薬草茶はなかなか手に入らないほどの品なのだ。しかも高額で取引されているという代物。


「少し顔色が良くなかったといってて、心配してましたよ。セイラ様、体に気をつけてください」


 ……誰かが私を見守り、心配してくれてることに嬉しくて頬が赤くなる。


「ありがとう。また私の方からもドリー先生に手紙を書くわ」


 はい。とアランが優しい目で私を見て微笑んだ。


「アラン先生ーーっ!」


 看護師さんの呼ぶ声。アランが、ヤバイヤバイと言いながら診察室へと消えていった。


「いいヤツだな」


「屋敷でソフィアとサンドラと父の機嫌を損ねたらどうなるのか、知らなかった使用人はいないわ」


 アランは知っていた。それでも助けてくれたのだ。


 ナシュレの街の人達もアランの治療に助けられ、感謝している。本人はあっけらかんとしているが、本当にいい人なのだ。


「溺れて助けられてか……恋のフラグたってるよな」


「フラグとかどこで覚えたのよっ!」


 乙女ゲームでもしたの!?とツッコミたくなった。


「残念ながら、アランには可愛い幼馴染がいて、それはないわ」


 その幼馴染が……と指差すとちょうど声がしてきた。


「アラン先生っ!診察時間に間に合うようにって言ってるでしょ!待ってる患者さんに迷惑でしょっ!」

 

「ごめん、ごめーんって!」


「ごめんは聞き飽きたわよ!そろそろ良い歳なんだからしっかりしてね」


 看護師さん兼奥さんである。私とリヴィオは顔を見合わせて笑い、診察の邪魔をして悪かったと謝ると、いらしていたんですか!?なんで言わないのよ!とそれもまた……アランは怒られてごめんごめんと言っていたのだった。


 今日も元気な二人だねぇと診察へ来たおじいさん、おばあさん達にまでクスクスと笑われていた。


「もーっ!今日も笑われてしまったじゃないっ!」


「ごめん、ごめん。さー!お待たせしました。順番に診ていきますね」


 笑いは体に良い。アランたちは自然とみんなに笑いまで提供しているのだった。


 新発売した、エスマブル学園ドリー先生、ナシュレのアラン医師監修と書かれた温泉の素はなかなかの売れ行きであることを追記しておく。


 あなたのお家に『花葉亭』の温泉はいかがですか?

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