【ショーウインドウに足を止めて】
「お母様の服は!?ネックレスも靴も無いわ!」
母が亡くなり、新しい母ができたから挨拶をするよう言われ、エスマブル学園から一時的に帰ってきた時には、すでになにもかもが無くなっていた。
「上等な物はすべて売ってしまったわ。古いものは捨てたわ。もういらないでしょう?」
新しい母になったサンドラはそう言って笑った。
「どうしてなの!?なんでそんな勝手なことをしたの!?」
「何を騒いでいる!セイラ、口のきき方に気をつけろ!」
父がやってきて、睨みつける。
「だって!お母様の形見なのに!」
「うるさい!いつまでも置いておいても仕方ないだろう!サンドラとソフィアに挨拶が終わったのなら、さっさと学園へ帰ったらどうだ?」
冷たく言い放たれる。その様子をサンドラと幼いソフィアが愉快そうに見ていた。
悲しくてポロポロ涙を流す私などどうでもいいとばかりに皆は去っていく。
どうしようもない思いで、その場に暗くなるまで、一人で佇み泣いていた。
祖父が亡くなったと聞かされて、再び家に帰ってきた時はソフィアが私の物を奪っていった。
「なぜ、私の荷物を勝手に開けたの?」
あまり無い私の荷物を物色し、祖父から貰った物はすべてソフィアが持って行ってしまった。
祖父がくれたものは多くはなかったが、どれも上質な物で長く使え、高価なものだった。
「あんたには似合わないわよ。必要もないでしょう?この上質な宝石のアクセサリー、使ってあげるわ」
祖父の形見と思い、大切にしまってあったのに……やめて!と声を出そうとしたが諦めた。どうせ反抗しても、結局大切にしているものはなにもかも無くなってしまうのだから。
私はあまり物に執着しないようにした。綺麗な物、服、靴……気にいっていても大切にしていても、手元にずっと置いておくことは叶わないからだ。
王都には様々な店がある。雪が残る道をリヴィオと歩く。
「欲しい物があるなら、店主を屋敷に呼んでもいいんだぞ?」
……めちゃくちゃお坊っちゃん発言ね。
まさかとは思っていた。結婚準備のときだけ屋敷に店ごと呼んだわけではなく、公爵家は普段からそうなのね。
「私はこうやってお店を回ったり、ガラスの向こう側の商品を眺めるのも好きよ」
「そうか?それならいいが……いいんだが……」
何かを言いたげだったが、彼は言葉を濁す。
お店を屋敷に呼ぶスタイルはどこか緊張して、落ち着かなくて、庶民的な感覚の私には合わない。
日本のセール期間に友達と楽しく買い物に行った記憶はある。買い物のワクワク感は思い出すけれど……。
ピタリと私はショーウインドウに釘付けになった。ライトグレイのカシミアのように柔らかく暖かそうな生地で作られたコート。
これは日本の女子高生時代に憧れていたコートに似ている。友達と私は買い物に行った時に大人になったら、こんなコートを着てみたいよねと話しながら眺めていた。
値段を見ると、社会人になったとしても簡単に手に入れられる物ではなかったが。
リヴィオがコートを見ていた私に言う。
「それ気に入ってるなら買えばいいんじゃないか?」
「でもコートはたくさんあるし……」
眺めていた私に気づいたらしい店の店主が扉を開けて出てきた。
「どうぞ、手にとって見て行きませんか?これ一点ものなんですよ」
声をかけられて、思わずお店の中に入ってしまった。
手にとってみると予想通りの優しい柔らかな生地で軽いコートだった。
「似合いそうなコートじゃないか。買うか?」
「う、うん……でも良いわ。見て満足したもの」
リヴィオは一瞬眉をひそめる。
「前から思っていたが、セイラはあまり服とか宝石の類を買わないよな?髪飾りもいつもオレがあげたやつだしな……なんでだ?女性はこういったものが好きだろ?」
「良いのよ。他の物があるし、無駄遣いよ。リヴィオからもらった髪飾りはとても気に入ってるから、いつもしてるのよ」
今、私はとても幸せだし、ドレスも普段着も帽子もコートも靴もアクセサリーも昔に比べると贅沢すぎるくらい持っている。
「日本にはもったいないという精神があってね………」
と、明るくリヴィオにもったいない精神を説くとなぜか嘆息された。
「まあ、セイラが良いなら良いけどな」
店主がええーっ!?と残念そうに言う。
「これは一点もので、品も凄くいいんですよ!?何人も見て行きますし、狙ってる人はいます!売れてしまいますよ!?」
もう一度だけ生地に触って、そっと戻す。
「見せてくれてありがとう」
そう言って、私とリヴィオは店から出た。寒さが顔の肌に刺さる。
「お店をいろいろ見れて楽しかったわ。さて、帰らないと仕事が滞るわ!」
王都のお店を見れて楽しかった。こうしてリヴィオと歩いて見ることも楽しかった。
「買わないと誰かに買われた後で、後悔しないか?」
私よりリヴィオの方が気になっているようである。苦笑して言葉を返す。
「人にも運命があるように、物にも運命があると思うの。私じゃない誰かが着こなしてくれるわよ」
私のところへ来る予定ではなかった物という事実だけだ。
私とリヴィオは王都の新しくオープンしたというレストランで食事をしてから帰り、楽しい買い物デートは終わり、仕事へ戻った。
寒い日は朝の準備も苦痛だ。私は眠い目で鏡の向こう側の自分を見ている。
「セイラは朝が苦手だよなぁ」
朝の鍛錬を終えて、イキイキしているリヴィオ。
朝から元気ね~とテンションが低めな私は仕事に行こうとゆっくりと立ち上がる。
メイドがいってらっしゃいませと私にコートを着せる。
その瞬間、目がパチッと開いた。
「へっ!?ええっ!?こ、このコート!?」
私は軽くて暖かいライトグレイのコートを着ていた……王都で見ていたやつ!?これを用意できるのは一人しかいない。
リヴィオがなんとでも言ってくれと開き直る。
「どうしたの!?これ!?」
「いらなかったかもしれないが、オレがプレゼントしたかっただけだ。気にするな。セイラが言う『もったいない精神』は別のところで実践する」
私は動けなくなる。……なんでこんなことするのだろう。
「なんで泣きだした!?……ってどっちだよ!?嬉しいのか嫌だったのか!?そんなにかよっ!?」
無言で泣き出した私にリヴィオが焦り、動揺した。
「ごめんなさい。嬉しい方よ」
「………な、なら、良かったが、泣くくらい嬉しいなら……今度から好きなものは買えよ!贅沢とかなんとかより、セイラが自分で選んで良いと思ったものを身につけるほうが良いだろう?あまり自分では選ばないから、ずっと気になっていたんだ」
……そうだ。だから結婚式の準備のときも溢れる綺麗な物たちにワクワクしたけれど、選ぶことが苦手で、大変なことに感じたのだ。
「そんな甘いこと言って、私が浪費家になっちゃったらどうするのよ?」
冗談でリヴィオに言うと彼は真顔で言った。
「セイラが贅沢できるだけの金はあるから好きにしろ」
……冗談なのよ!と笑った。泣き笑いになってしまった。
きっと悩みながら自分で選んだり、こうやって人から貰った特別な温かい想いのこもった物は無くなったとしても記憶に残り続ける。
母の形見も祖父の形見も……手元には無いけど、母が着ていて似合っていたドレス姿や学年末のパーティーに使えばいいと祖父が贈ってくれた初めて身につけたアクセサリー。
私はあの時に感じた気持ちを今も覚えている。今度からは自分で、思いっきり悩んで好きな物を選び、買っていく。
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