霧の中の幽霊船

 『海鳴亭』にコロンブスの三人組が泊まりに来た。覚えているだろうか?以前、リヴィオが戦った三人だ。


 航海後のため、日焼けし、顔が黒く屈強な海の男という雰囲気が出ている。


 お風呂に入り、サイコーだったぜ!と三人組はすでにコップに酒を入れて呑み、夕食の準備をスタッフがしてくれているのを待っている。


「『コロンブス』の航海から帰ってきたの?ゼキ=バルカンさんは?」


「セイラお嬢さん!船はいくつも出てるんですよ!俺等は一番速い『運び屋』と言われる輸送用の船に乗って今回は行ってきたので、ゼキさんより早いんですよ」


 今回も無事に帰れました!という彼らに私は労い、地酒を用意しプレゼントする。


「ありがとうございます!セイラお嬢さん!」


「あの……そのセイラお嬢さんは止めてもらってもいいかなぁ?普通にセイラさんとかで呼んでもらえると……」


 控えめに私はお願いしてみた。もう結婚して奥様だし、なにより、お嬢さんというような感じではなくなりつつある年齢なので、ちょっと恥ずかしい。


 一人が悔しげに顔を歪めた。


「そうだった!結婚おめでとうございます!あの『黒猫』!くそー!……まあ、めちゃくちゃ強いから許します。俺等相手にならなかったしな」


「航海中、あいつに何度も挑んだけど、けっきょく一度も、こいつ勝てなかったっス!」


「おまえもだろーっ!不意打ちしてたのに、呆気なくやられてたじゃねーか!」


 そんなことを以前の航海中にしてたのか……。


「それにしても、あれはすごかったっス……こくりゅ………」


 バシっと両側からドツカれる。ゲフッと倒れる。


「な、なんでもないです!セイラお嬢さんっ!」


「あの件については、全員忘れましたから!」


 ……黒龍と言いたかったのだろう。嵐の海に飲み込まれた、私が黒龍と共に現れた一件。


 ゼキ=バルカンはあの夏の嵐の事件の時に、こう言ったらしい。


『コロンブスの結束は家族より強いと信じている。今回の航海で見たことは忘れろ。他言した場合は敵と見なす!』


 私が黒龍に助けられたことを話すなと箝口令を『コロンブス』にひいた。それは絆の強い『コロンブス』ゆえ守られたことであると同時に………特別私だけが守られたわけではないと船員たちは理解してるらしい。


 シン=バシュレを守っていた黒龍は『コロンブス』をも守っていたため、船員たちは時々、航海中に危険が迫った時には、黒龍の存在を感じたらしい。


「シンさーーん!寂しいっス!」


「バカッ!その名前を出すなっ!余計に寂しくなるだろっ!」


 男泣きしそうな一人をなだめている。


「セイラお嬢さんのことはお守りしますからねええええ!」


 酒が入ってきて、なにやら盛り上がってくる。


 ……とりあえず、お嬢さん呼びを変えることは難しそうなので、諦めることにした。


 彼らが食べて飲み、だいぶたった頃、リヴィオがお酒を片手にやってきた。


「どうしたの!?」


「今日、宿泊するって聞いていたんだ。一緒に飲もうと思って来た。航海終わったお疲れ様会だ!」


 いつの間にそんな仲良くなっていたのだろう?男って、よくわからない。


 リヴィオは良いお酒が手に入ったんだと機嫌よく部屋へと行く。


 私もなんとなく、気になり、後からそっと顔を出すと確かに仲良くお酒を飲んでいた。


「リヴィオさん、伯爵とかエラくなっちゃったんですってー?」


「口の利き方に気をつけないとダメッスね」


 だいぶ酔っ払ってるなぁ。絶対からかっている。怒ると思ったリヴィオは吹き出して笑う。


「オレはオレだ。身分なんて海の上じゃ、関係なかっただろう?しかも、絶対そんなことおまえら考えてないだろ!?」


『そのとおり!』


 アッハッハと楽しげに笑う男たち。私はやれやれと嘆息し、そっとつまみ用にクラッカー、チーズ、ナッツなどを置いて去ろうとすると、男の一人が声を潜めて言う。


「お嬢さん、知ってますかー?」


「何をですか?」


 楽しげに男の一人が人差し指を立てて言う。


「幽霊船が海に出るって噂なんッス!」


 私がキャアと怖がることを期待しているようで間が空く。残念だけど、それはなかった。むしろ夏の怪談!?とワクワクしている。


 そんな私の様子を見て、やや残念そうに話し始めた。


「『コロンブス』のある船が見たんっス!霧の深い海に船影が浮かびあがり、誰もいないはずの航路に突如として現れたんっス!」


 酒を新しく注いで、もう一人が言う。


「船はボロボロで近づいて見ようとすれば離れ、去ろうとすれば着いてくるという不気味さだったそうです」


 リヴィオがへーとあまり興味ない相槌を打つとつまらなさそうに口を尖らせる男。


「リヴィオさん、興味ないんっスか?」 


「現実味がない。酒でも飲んでたんだろ?」


「そうやって、見た船のやつらに言ったんですよ。酒は飲んでいたけれど、リヴィオさんも知ってると思いますが、もちろん船をしっかり動かすため、休憩は当番制なので全員が飲んでいたわけでもないんですよ」


「その規則は『コロンブス』では厳しいですから、起きていたやつや頭がしっかりしていたやつもいたと思うんですよ」


 私はどのへんで見たのか尋ねる。王都に近ければウロウロしていた漁船ということもあろう。


「セイラお嬢さん……それが『コロンブス』だけが利用している、シンさんが安全だとした海路なんッスよ……しかし魔物も時々でるエリアっス」


 『コロンブス』以外の船は他国と行き来していない。確かにそう思うと……不気味な話だ。


「見たのは一回か?」


 リヴィオが眉をひそめて訪ねた。


「そうらしいです。ゼキさんが帰ってきたら、このことについて話し合うことになっています」


 幽霊船はともかく、魔物の件もある。ゼキ=バルカンが帰ってきたら会う必要がありそうだ。


 男達の酒盛りは朝まで続いたらしく、私は付き合いきれず、さっさと退場したのだった。




 

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