【画家はその瞬間を描く】

 『花葉亭』に画家が宿泊している。女性画家で有名な方らしい。


「なんて言ったっけ?オレも聞いたことあるな。珍しい話だったからな」


 リヴィオは画家についてそう言う。


「私の人物記録辞典を開いてみる?」


「え!?人物……なんだって?ま、まぁ、じゃ、頼む」


 何いってんだ?という顔をしつつ、リヴィオは私のノリに頷いてくれた。


「人物辞典No.326。フィーナ=ベルニ。ベルニ子爵家の次女で女性画家。貴族でありながら画家を目指していて、平民の画家である師に弟子入りし、腕を磨いてきた」


 おー!記憶力いいなーとリヴィオが拍手した。ちゃんと私のくだらないノリにノッてくれるところが良い。


「自分で売り込みに来たんだって?勇ましいな」


 私は嘆息する。そうなのだ。お客様かと思っていたら、いきなり『絵を描かせてほしい!』と売り込まれてしまった。私はとりあえずリヴィオと話をしてから返事をすると言ったのだが……。


「描いてもらえばいいんじゃねーの?オレの家にもいっぱいあったぞ」


 公爵家の坊っちゃんらしいことを言う。いや、そんな何枚も描いてもらえるのはリヴィオの家とか王家くらいでしょと思ったが……そういえばバシュレ家にもあった。


 それは父、義母、ソフィアが描かれていた。幼い頃のソフィアの愛らしい絵もあった。


 そこに私は透明人間のように存在していなかった。ソフィアは度々、その肖像画の飾られている部屋へ行くように指示し、掃除を言いつけた。見せつけるためだけに……。


 なにより専属の画家は高い。私はこのお高い買い物にしばし悩むが、リヴィオが賛成したとなると、半分以上答えは決まっていた。


「そうね……結婚記念に一枚あってもいいわね」


 家族の肖像画、正直に言うと、羨ましかったのだ。


 屋敷の掃除をしながら目に入る家族の肖像画は辛かったが、いつか自分も家族として、あの絵に加えてもらえる日がくるかもしれないと、バカみたいに少しだけ……ほんの少しだけ期待してた。


「決まりだな!家族が増えたら、また一枚描いてもらって増やしていけばいい。何枚だって思い出に描いてもらって残していこう」


 私は一枚と言ったのにとリヴィオを驚いて見た。目が合うと優しく笑った。


 彼には私の心が見えてることが時々あるんじゃないかと思うことがある。


 私は何故か嬉しいのに、泣きたくなり、それを隠すため微笑んで、頷いたのだった。


 次の日から旅館で働く私をスケッチすると言って、フィーナは周りにいることが増えた。


 はちみつ色のウェーブした髪を1つに束ね、まるでハムスターのようにコロコロ動く人だった。


 私より少し年上というが、彼女は童顔で愛らしい。しかし一度筆を持つとなにかに取り憑かれたようになる。


「いらっしゃいませ。遠方よりお越しいただきありがとうございます。お疲れではありませんか?」


 私が玄関でお客様の対応をしているのを喫茶コーナーからジイッと観察するように見てスケッチしている。


「これは夏の花ですかね?可愛らしい!」


「朝顔です。朝が一番キレイなので明日の朝ご覧になると良いかもしれません」


 お客様がお庭の夏の花を愛でており、私は玄関の打ち水を巻く手を止めて返事をしたところで、また視線を感じる。と、思ったらフィーナが庭の灯籠に隠れてみている。


 ……ちょっとストーカーのようで、怖い図である。


 そして部屋に呼ばれてスケッチさせてくださいと言われる。


「はーい、すみません!顔を少し右へ…あ、そうです」


 椅子に座って真っ直ぐこちらを見て動かないようにと指示される。


「あの……動きも肖像画を書くために必要だったんですか?」


 私は不思議に思っていたことを尋ねる。


 リヴィオは早朝の訓練の姿をスケッチされたと言っていた。動かない絵なのになぜ?と思っていたのだ。


「わたしは肖像画を描くときはその人の雰囲気とか性格とか見たいんです。そのほうが絵が完成した時に違いが出るんですよ!」


「そういうことだったんですね」


 芸術家さんは魂を込めると言うけれど、まさに!だと私は感心してしまう。


「絵を描いていると肩や肘や指などが痛くなってくるんですけど、ここの温泉は素晴らしいですね。その日の疲労が溶けるように消えていきます」


「温泉、気に入って頂けて良かったです!あの……なぜいきなり肖像画を描きたいとおっしゃったんですか?」


 私が嬉しそうに返事をし、疑問だったことを尋ねてみた。フィーナがウフフフと笑っていう。


「実は憧れていたんです。セイラさんに!」

 

「ええええ!?私にですか!?」


 思いがけない一言に驚きの声をあげてしまう。スケッチ中のため、動かないでと注意される。


「そうです。覚えてませんか?王都新聞の最初の記事だったと思うんですけど、バシュレ家の孫娘が経営すると書いてあって、女の人が!?と驚いたんです。それから度々、セイラさんの旅館の記事をスクラップしてて、事業家として成功をおさめてほんとにすごくて……ファンだったんです!」


 顔が熱くなってきた。変な汗も出てきた気がする。


「い、いえ!私なんて、そんな………」 


「……迷っていたんです。小さい頃から画家になりたかった。でも女が画家なんてなれるのかって」


 声のトーンがさがるフィーナ。喋りながらも手は動き、スケッチするのをやめない。


「自信もなかったし、家族中に反対されるし……でもセイラさんが頑張ってるのを見ると、なんだか自分もできるような気がしたんです」


 フィーナはペラッとスケッチブックをめくるとまたもう一枚スケッチしていく。今の照れてる私の顔でいいのだろうか?


「こうして、画家になれたのもセイラさんのおかげなんです」


「なにもしてませんっ!フィーナさんが頑張った努力の賜物です」


 好きなことしか私はしていないので申し訳なくなる。周囲にも助けてもらってるし……。


「女性はまだまだ男性に比べて社会では地位が低いです。だけどセイラさんの姿を見て、挑戦しようと思う女性は増えたと思います。そんな強くて凛としていて優しい気配りをしてる姿を肖像画にします」 


「そう言って頂きありがとうございます。ほんとに買いかぶりすぎで、恐れ多いです」


 そんなことないですよとフィーナが言う。


 窓から入る日差しが彼女の横顔を照らし、真剣さが伝わってくるほど息を詰めて描き続けている。


「フィーナさんがそう言ってくれて、ちょっと恥ずかしい気持ちにもなりますが、ありがとうございます。肖像画、私、楽しみにしてます」


「楽しみにしててくたさい!今までで一番の絵を描きます!」


 フィーナがそう力強く言い、明るい夏の花のように鮮やかに笑った。


 完成した肖像画を屋敷の一室に飾った。私は柔らかな微笑みを浮かべ、目は前を見つめて椅子に座っている。リヴィオが強さの中に優しさがある表情で私を守るように立っている。


 確かにフィーナが言う通り、絵には生気が宿り、表情も繊細で、よく描けている。素晴らしい出来だった。


 しばらく眺め、またここに家族の肖像画を増やしていきたいと温かく、幸せな気持ちになったのだった。

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