襲撃事件
その出来事は突然だった。
私が執務室で仕事をしているとバンッと音をたてて、リヴィオ付きの執事のアルバートが息を切らせて入ってきて叫ぶ。
「大変です!リヴィオ様の乗っていた馬車が襲撃されたようです!」
私はえ!?と思わず立ち上がる。一瞬頭が真っ白になる。
「どこにいるのっ!?」
「カムパネルラ公爵家にとりあえず………ええええっ!?お待ちくださいっ!」
リヴィオは確か、今日は王都へ行き、貴族たちの会合に出ていたはずだった。
私は呪文を紡ぐ声も魔法陣を描く手も震えていたが、すばやく転移魔法を発動させた。部屋にはアルバートの驚く声だけが残る。
「リヴィオーーーっ!!」
連絡せず、非礼であると思いつつも、いきなり公爵家へ来てしまった。取り次ぎの執事が驚いていたが、私のことを知っていたので、中へ通してくれる。
ちょうど玄関近くの部屋から出てきたオリビアと出会う。
「あら!?セイラさん、早かったわね……この部屋にいるわ………よ!?落ち着いて!」
私は足がもつれそうになりつつ走る。転びかけるが、なんとか体勢を整えて部屋へと入る。
「リ、リヴィオ!?」
ドアノブに手をかけて勢いよく開けた。
「セイラ!おい……大丈夫か?」
それはこっちのセリフでしょう?と声ににならならなかった。無傷の彼が立っていたので、安心してへたり込んでしまった。
髪の毛は乱れ、息を切らし、涙目の私はちょっとみっともないかもしれないと、今になって気づくが、そんなことよりリヴィオがなんともなくて、いつもと変わらぬ様子でいることが本当に良かったと心から思う。
「オレは無事だが、御者が少し怪我をして、回復魔法をかけた。カムパネルラ公爵家に寄って行くから遅くなると伝えておいてくれと言ったんだが?」
なんでだ?と首を傾げて、リヴィオは私の腕をとって、体を起こす。顔にかかった髪の毛を優しく横へ払ってくれる。
「よ、良かった……」
やっと振り絞るように声が出た。
オリビアがクスクスと笑う。アーサーとシャーロットまでいた。
「大丈夫?心配するわよね」
優しくオリビアが声をかけてくれる。早とちりした私は周囲の視線に顔を赤くした。
「リヴィオがそんな簡単にやられるか?夜会の会場の近くだったから、駆けつけたが、むしろ返り討ちにあったやつらに同情した」
「話が聞ける状態にはしておいただろ」
アーサーから呆れたように言われるが、リヴィオはまだ気が立っているらしく、金色の目を細めて言い返す。
そうねと私は少し冷静になった頭で考える。とりあえず相手はどうなったのか、聞かないほうが無難だと判断した。
「セイラさん、こちらへ……」
シャーロットが私にソファーに座るように誘ってくれ、メイドに熱いお茶を持ってきてもらう。
お茶を一口飲むとホッとした。
「いったい……誰が?」
誰が『黒猫』に喧嘩を売った……じゃなくて、誰が襲撃をしたのか!?
リヴィオ?それとも私だろうか?最近は何も心当たりがない。逆恨みという線もあるだろうか?
「なんだろうな?今日のやつらから口を割らせればいいだけだろ。帰るか。御者はゆっくり休ませてやってくれ」
「待て待て!」
アーサーが止める。
「なに、サラッと帰ろうとしてるんだ!?襲われた自覚あるのか?」
「珍しい。アーサーがオレを心配するとは!……冗談だ。転移魔法を使って当分は移動するさ。オレは大丈夫だが、御者が気の毒だ」
「あ、ああ。そうだったな。気をつけろよ。カムパネルラ公爵家でも調べておく」
意外と弟想いのアーサーと知っている私とシャーロットはクスクス笑ってしまう。
しばらくして、執務室に久しぶりに5人が集結していた。
「今日は忙しいところ、集まってくれてありがとうございます。それでは、『リヴィオ襲撃事件』の会議を始めたいと思います!」
トトとテテは頬杖をついて、商品化に向けて試作中のポテトチップスをパリッと噛じった。やる気なさげ……。
「踏んでも壊れなさそうなリヴィオなんだから放っておけばいいのだ」
「ちょうどいい釣り餌なのだ」
おいっ!とリヴィオが非難の声をあげた。
「えーと……エスマブル学園の諜報部も使って調べたが、いまいちわからない」
ジーニーがフォローするように口を挟む。
「カムパネルラ公爵家も同様らしい。襲撃してきたやつらが吐いた人物を調べたが存在しない」
私は一瞬無言になり、ボードに書く。
『檻に入れられた魔物』『幽霊船』『襲撃事件』
「どれも存在しないものがあり、調べても事件に行き詰まってしまうという共通点があるのよね」
まるでミステリー小説のように謎めいている。
「セイラは繋がっているとみているのか?」
ジーニーが尋ねる。私はどうかしら……と独りごちる。
「一つ一つ解決するしかないだろう。もうすぐゼキ=バルカンが帰国する。『幽霊船』について何か聞けるかもしれない。魔物の檻もあれは特殊な魔法の結界が張られていて、破れないようになっていると報告を受けている」
リヴィオがそう説明してから、優しい声音を私にかけた。
「だから……セイラ、そんなに怒るなよ。オレなら大丈夫だ」
怒ってなんかいないと言おうとしたが、言葉に詰まる。
トトとテテもニヤリとした。
「セイラは突き止めて、逆に襲撃しようとしてたのだ」
「まあ、我らはそれはそれで、かまわないのだ」
『からくり人形18号を試すのだ!』
「え!?そこまでからくり人形の製作が進んでるの?戦闘用のを作ったの!?」
私が驚いて、トトとテテをマジマジと見ると二人は肩をすくめた。
「お遊び程度なのだ」
「戦闘用ではないのだ」
本当だろうか……?少し疑惑が残ったが、信じておくことにした。
私、やっぱり怒ってるのか……怒ってるわねと自問自答する。
自分がやられた時よりもリヴィオが襲撃された時のほうが遥かに怒りが湧いている。
「ごめんなさい。そうね冷静さに欠いているわね」
四人に謝って、ストンと椅子に座る。こんなの私らしくないわよね。
リヴィオは苦笑し、ジーニーは気持ちはわからなくもないと言ってくれる。
トトとテテは『心配しすぎなのだ』とポンポンと私の肩を叩いて退室していった。その反対の手にはちゃっかりポテトチップスの袋を持っていく。
「いや、心配してくれて嬉しいけど……今ならオレがセイラを心配していた気持ちもわかるんじゃないか?」
からかうようにリヴィオが言う。私は笑えず、本当にそのとおりよと言うしかなかった。リヴィオが狙われ、私が心配するという今までとは逆の立場になって初めてわかった。
「リヴィオに妬けるなー。愛されてるなーという軽口を叩きたいところだが、リヴィオだけじゃなく、この国の問題にもなることだ。特に魔物の事件が……もう1つなにかヒントが欲しいな。セイラの事件が繋がってる説も悪くはないが、たまたま同時期に起きただけということもあるしな」
ジーニーが落ち着いて話を進めていく。リヴィオは顎に手を当てて考えながら言う。
「王家には話をすでに通してあるから、騎士団、王宮魔道士たちも陰ながら準備はしている……しかし魔物と対峙したことがある者はいない。『コロンブス』の力も必要になるかもしれない。相手がどのくらい魔物を保持しているかわからないからな」
リヴィオがこの国に魔物を放つような事態にならないようにしなければ……と小声だが強く言ったのが耳に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます