魔物の檻

 迫力のあるサーカスの開催が世間で噂になっていた。


「今度、観に行ってみるか?貴族たちの間でも噂になっていて、夜会で話がでていたんだ」


 帰ってきたリヴィオがそういう。


「そういえば、お客様も迫力あってすごかった!って話されているのを何回か聞いたわね。私も気になるわね」


 世間での流行りらしい。いろんな地方巡業しているようだが、今回は王都でするとのことだった。


「行ってみるか」


 執事のアルバートに手配をしておいてもらうと言いながら外出用の白手袋をリヴィオは外す。


 久しぶりの二人の時間である。互いに役目を分けてからはなかなか共に過ごせなくなってきた。


 うんと頷いた私は嬉しくて自然と頬が緩む。そんな私を温かい目で彼は見ているのだった。


 サーカスには社交界で見る貴族の人達もけっこう来ていた。私とリヴィオは出会うたびに挨拶をする。


「平民、貴族関係なく人気ね!ここまで有名とはすごいわね」


「陛下も見てみたいらしいと聞いた」


「わかるわ!実は私もサーカス楽しみにしてたの!」


 日本のサーカスは一度、幼い頃に見たことがあるが、楽しかった記憶がある。小学生の頃、なかなか休みのとれない父が久しぶりに行こうと行ってくれ、ワクワクしながら行った。


 しばらく並んでチケットを見せ、大きなテントに入り、椅子に座った。ガヤガヤと雑談する周囲の声。


 ジュース売りから1つずつ冷たいレモネードを買って飲む。熱気の中、冷たい飲み物は美味しく喉を潤していく。


「リヴィオもサーカス初めてなの?」


「オレは2回ほど見たことがあるな」


 王都生まれ王都育ちの彼ならそういう機会もあったかと思った瞬間……ライトが薄暗くなり、パッと中央の舞台に明るい照明が当たった。


 賑やかな音楽と共に、ピエロや綺麗な女の人たちが踊りだして登場した。テントの上に吊られたロープから降りてくるアクロバットの人達。


 わぁ!と歓声があがる。


「レディースアンドジェントルマン!!本日は魅惑のサーカスへようこそー!最初は三姉妹の空中ブランコ!」

 

 空中で軽やかにクルンと体を回転させてはブランコの棒をキャッチしたり、互いの手を繋いでブランコをしたり、落ちないかとドキドキしながらも、その軽やかさに魅せられた。


「おやー?こんなところにボールが!」


 ピエロが3人になり、ボールを互いにくっつけたり投げたり戯けて見せる。その度に笑い声が沸き起こる。


 その後もダイナミックなアクロバットや玉乗り、パイ投げなどお腹が痛くなるくらい笑って、手が痛くなるくらい拍手した。


「さて!最後の目玉は檻に入った猛獣を皆様にお見せしましょう!ゾッとするような世界へようこそ〜」


 フッと照明が消えて真っ暗になる。ガチャンッという音と共に舞台に赤い目玉が2つとグルルルルと唸る声。


 薄暗い照明がついた。キャー!という女性の声となんだ?あの生き物は?というざわめく周囲の声。


「なっ!?なんでここにいる!?」


 リヴィオが驚く。彼は見たことがある。そして私も……。


「魔物?どうやって入り込んだの!?」


 檻におさまっているが、沢山の人たちを目の前にすると、いきなりグオオオオと咆哮をあげて檻にガシャン!と体当たりした。


「世にも珍しい生き物をご覧いただけましたか?」


 そう言って、魔物の檻が運ばれていき、消えた。


 最後のエンディングは華やかにダンスで終わったが、もう私とリヴィオの頭には何も入らなかった。


 楽しかったー!あの獣は何だったの!?また来たいよね!とテントから出ると満足そうなお客さんたち。


「お嬢様、どうぞサービスの風船です」


 ピエロが風船をくれた。

 私はハッとした。呆然としてる場合ではない。にこやかに尋ねる。


「あの……サーカスの団長さんにお会いできませんか?今日の素晴らしいサーカスにお礼を言いたいんです!」


 ピエロが明るくアハハと笑い、手を振る。


「そんなこと無用です!」


「おまえら、あれをなんだと………」


 リヴィオが口を挟もうとしたが、私は腕をひき、連れて行く。


「せっかくの楽しい場を壊すことはない。尋ねたところで正直に言うかしら?」


 彼はチラリとテントの方を見る。魔物一匹くらいならば私とリヴィオでやれるが、魔物を手に入れた足取りを掴みたいことや、もし失敗して逃してしまった場合……国内に魔物を放つことになる


「オレは今から王城へ行ってくる。セイラはジーニーに連絡し、諜報部がなにかつかんでいないか聞いてくれ。……くそっ!こんな時にゼキたちはいない!」


 そうだ。唯一、魔物と対峙してきた彼らはまだ春から夏にかけての航海中なのだ。いれば心強いことは間違いない。


「わかったわ!じゃ、また後で!」


 私とリヴィオは足早に次の行動へと移した。


 執務室の連絡球に映るジーニーは深刻な顔を隠さなかった。


「いや……諜報部からは報告を受けていない。調べさせていく。貴重な情報だったが……この国の民はそもそも『魔物』として認識していないんだな」


「見たことがないものね……凶悪だけど一匹程度なら、たしかに物珍しい凶暴なデカいくまっぽい生き物じゃない?って思うかもしれないわ」


 襲われた人がいるわけでもないし檻に入れられているという安心感はある。


 その夜遅く、疲れた顔でリヴィオは帰ってきた。


「王家の方でも調べてみるということになった。問題はあの魔物を誰がどうやってこの国に持ち込んだか?」


「黒龍の守護がある結界の目をくぐり抜けてきたのよね」

 

「黒龍の結界はどんなシステムなのかはわからない。魔物が意図的に運ばれてくるなら働かないのかもしれないしな」


 誰かが魔物のいない、この国に災いを起こそうとして持ち込んだ?その考えにゾッとした。


「なんだか夏だけど寒いわ。熱いお茶を淹れるわ」


「オレにも……」


 二人で熱々のお茶を飲んだ。


 楽しかったはずのサーカスがまるで夏の怪談のように不気味になったのだった。

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