父の秘密
桜餅と緑茶をテーブルに置いて、午前中は溜まった書類の仕事を執務室で片付けている。花瓶には桜の花を活けてある。
もうすぐ桜が散ってしまうので、名残を惜しんで部屋にも飾ってみたのだ。
桜餅の甘さと緑茶の苦さが合う。リヴィオは葉っぱは取りたいと桜の葉をそっと取って食べている。葉っぱを取る派らしい。私はそのまま食べる派。桜の香りが少しした。
女王陛下はあの後、迅速に動いてくれ、女性も成人後は親の承諾のサイン無しでも結婚できるようになった。
「思ったより早かったなー」
仕掛けたリヴィオは満足そうにニヤリとした。ちょっと悪どい笑みにも見える。
「おかげで会わなくて済みそうで良かったわ」
幼い頃の記憶を得てからは、会いたくない気持ちでいっぱいだ。正直、安心してホッとしている自分がいる。
「オレも会ったらなにするかわかんねーし、良かったよ」
リヴィオはサラッと物騒なことを言う。
な、なにするつもりだったんだろう?一筋の汗がタラリと頬を伝う。
そろそろ旅館の方へ行こうと私は書類をトントンとまとめて立ち上がる。
バタバタと廊下を走る音。ピタッとリヴィオと私の動きが止まる。クロウが慌てて走ってくる……こういう時は嫌な予感しかしない。扉がバンッと開いた。
次のセリフが予想できた。
『大変です!』
3人の声がハモる。執事のクロウが息を切らせつつ、ムッとした。
「リヴィオ様っ!お嬢様っ!ふざけてる場合ではありませんよ!」
「いや、悪い。デジャヴすぎて言ってみたくなった。どうした?」
リヴィオが尋ねる。私もふざけてごめんねと謝る。
「バシュレ家の当主、セイラ様のお父様がいらっしゃいました!」
なんだと?とリヴィオの金色の目の色が変わる。私は持っていた書類を床にバサッと落として、慌てて拾う。手が震えてうまく紙を拾えない。リヴィオとクロウが察して一緒に手伝ってくれる。
「大丈夫か?オレが会う。セイラはもう旅館の方へ行け」
「私も行くわ。一緒にいてくれる?」
もちろんだと彼は頷いた。クロウは心配そうだ。私の問題だというのに、リヴィオだけに行かせることはできない。
応接室へと急ぐ。なんの用だろう?リヴィオはすでに好戦的に目の奥を光らせている。
扉を開くと椅子に座らず立ったままこちらを睨みつけている父がいた。少し歳を取り、痩せた気がする。
スッとリヴィオが私と父の間を阻むように体を入れる。
「まさかバシュレ家の当主自ら来るとは思わなかった。立っていないで、座ったらどうだ?それとも帰るか?」
リヴィオが高圧的に負けねーぞと宣戦布告を態度で示す。
「このっ………」
憎々しげにリヴィオのことを見ながら、椅子にドスンッと荒々しく座る。私とリヴィオも座る。
「……で、用件はなんだ?」
素知らぬ顔で言うリヴィオに父がカッと顔を怒りで赤らめた。
「とぼけるな!何度もサンドラが手紙を書いただろうが」
お義母様が手紙?と私が首を傾げると父が私を睨みつけて言う。
「セイラ!白々しいマネはよせ!」
リヴィオがその言葉を私が受けるより先に笑ってかわす。
「ハハッ!セイラは知らない。手紙はすべてオレが処分しておいた」
「な、なんだと!?」
私もえっ!?と驚く。
「サンドラからのソフィアを助けてくれと言う嘆願書は胸糞悪い内容だったから2通目からは見ずに届く度に燃やしておいた!なぜ死にかけた被害者のセイラが殺人者のために嘘の証言を裁判所でしないとだめなのか理解できない」
金色の目は父を見据え、隙あらば食らいつこうとする『黒猫』。彼は獲物を狩れる状態で、殺意を隠そうともしていない。
そのプレッシャーに気づいた父はかすかに震えて、冷汗ををかきながら彼を睨みつけている。
「では、交換条件といこうじゃないか。以前、セイラに打診されていた結婚誓約書のサインをしよう。それと交換だ。なければおまえらはいつまでも結婚できないままだろう」
「おや?バシュレ家の当主ともあろう方が、情報に疎いな。最近、成人した女性は承諾無しでも結婚できるようになったんだ」
仕掛けた張本人がサラッと言う。
「伯爵の爵位の手続きのため、すでに結婚の書類は提出してあって、まだ結婚式のパーティーのお披露目はしてないけど……」
私がそっと補足する。実はもう書類上は夫婦になるわけで…と説明する。父の顔色が変わった。
「おまえは女のくせに、親の了解もなく勝手なことを!だから生意気だというんだ!」
父が立ち上がり、殴られそうな勢いに思わず身をすくめそうになるが、ぐっと背を伸ばす。ここで負けるなと自分の気持ちを奮い立たせる。リヴィオが傍にいるのだから、大丈夫と言い聞かせる。
「女だからと言って、親の所有物ではないわ」
私の言葉に意地悪い表情になる父。リヴィオに向かってフンッと鼻を鳴らして勝ち誇ったように言う。
「カムパネルラ公爵家の者とあろうものが、どこぞの馬の骨と知らぬ血が混ざった娘と結婚している。お笑いだな」
「え……?それはどういう?」
私が眉をひそめる。リヴィオは特に動揺1つせずに余裕でクロウが持ってきたお茶を飲んでいる。
「わたしはな……あのシン=バシュレの息子ではない。他国で気まぐれに拾った貧しい孤児だ」
いきなりの発言に私は驚き、目を見開く。
「見てみろ?だからわたしの髪も目もまるで狼のようなグレイアッシュだろう?シン=バシュレと似ているか?」
「いいえ、似てないわ」
絞り出すような声しかでない。
「これでも拾われたときは嬉しくて、才能が無いと言われようともシン=バシュレの息子としてふさわしい者になろうと努力した」
少し声音のトーンが落ちる。表情に暗さと自嘲の色が浮かぶ。
「結婚相手も言われるがまま、ベッカー子爵家とした。王家の見張りだと知っていながら、諜報員であろう妻と結婚した。生まれたお前のほうはシン=バシュレに似て才能があり、魔法も使える……気持ち悪いと思ってもしかたないだろう?その風貌、見たくもなかった!」
祖父や周囲に認められたかったこと。母とは愛情のない結婚をしたこと。父の気持ちは負の方向へと働き、祖父が私を特別に目をかけることに対して憎しみしか覚えなかったということか。
突然告げられた事実に私は静かに聞くしか為す術がなかった。
リヴィオが冷静に口をはさむ。
「ベッカー家の家系は遡れば王家の血が流れているからな。黒髪黒目……この国ではつまり黒龍の祝福を受けていると言われる典型的な容貌だな。外見ですでに魔力があるとわかる。だからシン=バシュレはエスマブル学園を選び、セイラを入学させたんだろ」
しょせん妬みだろーとリヴィオは言う。
「しかし!わたしは他国のどこぞと知れぬ卑しい血が流れているかもしれないんだぞ!いいのか!?そんな女と一生過ごすのか?公爵家の者がだぞ!」
焦る父。動じないリヴィオはハッ!と鼻で笑い飛ばす。
「それが最後のカードか?くだらねーな。オレは血筋とか、どうでもいい。セイラはセイラだろ。セイラのじーさんも、ただセイラが大事だから守ってくれていたんだと思うぞ。血の繋がりがどうだっていうんだよ?」
祖父は血の繋がりのない孫娘を可愛がってくれていたのか……と衝撃を受けていたが、リヴィオのあっさりとした物言いに私はそうかと何故か納得できた。
「あんたのことも血の繋がりがなくとも養子にと選んだんだろう?そこに愛情はまったくないと言い切れるのか?なんでそんなふうに考えるのかオレにはわかんねーな」
項垂れる父は小さい声でボソボソと言っている。
「公爵家に生まれ、才能に溢れたおまえになにがわかる」
ゾッとするような昏さに私は言葉が出なかった。
リヴィオは体も心も強い光に満ちている。迷うことなく真っ直ぐで眩しいほどの光だ。だが、それは時として暗闇で生きてきた人間には強すぎることがあると思う。
父が帰り際に私ではなく、リヴィオを見ていたことが……とても引っかかった私なのだった。
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