ナシュレ伯爵
春の暖かな日差し。ウトウトうたた寝できたら気持ちよさそうだが、そうもいかない。
今日は王城に呼ばれてやってきた。相変わらず、満潮と干潮で変わる王城の風景は幻想的で美しい。
女王陛下に謁見する予定だ。リヴィオの父であり、この国の宰相を務める公爵家当主、ハリー=カムパネルラは機嫌良く私とリヴィオを出迎えた。
「二人ともよく来てくれた!良い天気でよかったよかった!」
その様子にリヴィオは半眼になった。
「ずいぶん、いつもと出迎えの言葉が違うんじゃねーか?なんか企んでないよな?」
「何を言う!いつもこんなものだろう?」
ことあるごとに愚息が……と言うのでリヴィオは疑いの目を向けている。
「陛下がお待ちだ」
ハリーがこっちへと呼ぶ。ここは以前にも一度入ったことのある謁見の間。公式なお招きだったのか?と私とリヴィオは顔を見合わせた。
衛兵がハリーに一礼、私達にも一礼し、黒龍の飾りが彫られている扉が重々しく開かれた。
「久しいな」
相変わらず、美しい女王陛下は王座に座り、挨拶した。いつも変わらぬ風貌はその魔力の高さもあるのだろう。リヴィオのお祖父様もその一人だろう。魔力の高い者は体内の時間が緩やかなのか干渉を受けにくいのか成長も老いもある程度で止まる。
リヴィオは腕を曲げて一礼し、私は膝を折って挨拶する。陛下は愉快そうに私達を見た。
「今日はそなたらに伯爵の爵位を与えようと思って呼んだのじゃ」
「はあ!?」
「えええっ!?」
重大なことをサラッと言った。わざといきなり本題を言ったのだと陛下の悪戯に成功したと言わんばかりの満足げな笑みでわかる。
「ど、どういうことですか!?伯爵なんて身にあまりますっ!無理です!」
動揺する私の横でさらに疑惑の眼差しになるリヴィオ。
「そこはありがとうございます、と感激するところではないかのぉ?」
陛下は私達の反応が予想外だったらしく眉をあげる。
「伯爵の位の交換条件はなんだ?何かをさせるつもり………イテッ!」
バシッとハリーに頭の後ろを叩かれる。
「陛下に対する口の利き方か!?ちゃんとしろ!」
父に怒られて頭をさすりながら睨むリヴィオ。
「ホホホホ!まぁ、説明もせずに言った妾も悪いのじゃが……予想はつかぬか?」
リヴィオが、まぁ……と言葉を濁す。
「ナシュレが都市レベルの規模、税収が国内でも上位になってきたからかなと………思います」
ハリーの圧を意識して、丁寧に答えるリヴィオ。そのとおりじゃ!と女王陛下が楽しげに言う。
ここ数年でナシュレはかなり発展し、人口も増えてきた。
「また、国民の生活レベルも家電製品のおかげで上がり、先日の他国の要人のもてなしも見事やり遂げてくれて感謝しておる。そなたらの功績を考えればおかしくない話だ」
陛下はそう付け加えた。長い黒髪を何気なく右手でサラリと払う姿すら優雅だ。
「いえ、それは私達も利益を得ていることですし……なにより伯爵という位はとてもじゃないですが務まりません!」
位は責任がついてくる。ノブリス・オブリージュ……社会的な責任が重い。できるだろうか?
私はそう固辞するが陛下はじっとみつめて一言放つ。
「辞退は許さぬ。そなたの謙虚さは嫌いではないが今回の件は決定事項じゃ」
有無を言わせぬ威圧感。
「そういうことだ。世間がそれを許さぬだろう」
ハリーも陛下に同意する。リヴィオの顔を困って見ると、彼もまた少し迷っているのが目でわかる。
「公爵家三男で気楽に生きていけると思っていただろうが、甘かったな」
ニヤニヤとしてハリーが言う。普段のリヴィオと形勢逆転している。無論、ナシュレの伯爵となるなら、今、領主をしてくれているリヴィオが当主となるのだ。
なので……最終的な選択権はリヴィオへ任せることにして、彼の顔を見て『まかせる!』と頷いた。
彼は苦い顔をしたが、意を決して口を開く。
「……伯爵の称号有り難く賜ります。図々しいお願いとは思いますが、法の検討をしていただきたい事案があります」
やれば出来る子リヴィオは丁寧にサラサラッと喋る。なぜ……最初からこの態度でしないのか?
「うむ?なんだ?話してみよ」
「現在、王国の法では女性が結婚し、その家を出る場合、親が認めるサインが必要となります。男性はそんな法が無いにも関わらず女性のみにです。それを平等にし、女性も要らないようにしてほしいのです」
私は驚いて彼を見た。女王陛下はそうだったか?とハリーに確認すると、そうですと言う。
……これは私のため!?
バシュレ家の父に頭を下げにいくことが不安で悩んでいたことがバレていたようだ。法から変えてしまえというリヴィオは大胆だ。
陛下はそれは不平等だったな。気づかなかったと言うがハリーはしかし……と続ける。
「親のサインがいるのは理由があるでしょう。女ゆえ、家を軽く出ることや無理に結婚させられることのないよう……」
「逆に好きな者と親の許可なく結婚できぬと言うことでもあろう?検討してみようではないか。確かに不平等じゃ」
「確かにそうですが、法には何かしら理由というものがございます」
ハリーの言葉に陛下は皆を混じえて議会で話そうと言う。
「では、この件については議論することを約束しよう。ナシュレ伯爵、今後も王国のために尽くし助力願う」
「かしこまりました。この国、王国民のために働いていきます」
リヴィオは片膝をつき、騎士のような仕草で誓う。私も頭を垂れてお辞儀した。
控室に戻るとハリーが言う。
「まさか……貴族の地位を得るまでになるとはな」
リヴィオは苦笑する。私は嘆息する。
「別にいらねーけどな。気楽で良かったんだ。めんどくせー」
「はぁ……目をつけられちゃっていたわね。重い責任がついたわ」
リヴィオと私の反応にハリーは肩をすくめる。
「もう少し喜ぶものだぞ?」
「オレは良いようにつかわれたくないね。爵位を与えた裏を返せば……」
ここで王城にいると気づいたようで、声を低くした。
「王家の命に背かず裏切らず忠誠を誓えと言うことだろう?まさか王家が見張っているのはセイラじゃねーだろうな?」
黒龍の守護を得ていた私の祖父にしたように貴族の称号を与えて見張っているのではないか?とリヴィオは言いたいのだ。
ハリーが近づいてリヴィオの耳元で言う。
「王家の思惑がなにかあるにせよ、おまえたちの力、富が強大になればなるほど、王家も他の貴族たちも意識しなければならない存在となる。嫉妬や羨望もあろう。しかし貴族の特権もあるんだ。逆に利用してやるくらいの気持ちでいろ!」
珍しくハリーとリヴィオ真剣に対峙している。バチバチ火花がとんでいるように思われたが、ハリーのほうが目を先にそらした。
「はぁ……セイラさんが伯爵になったほうがいいんじゃないか?」
逆はだめなのか?逆はっ!?とハリーが額を抑える。つまり事業の方をリヴィオが担い、伯爵業を私ってこと?
「私よりリヴィオの方が領地経営は向いてますよ。すでに噂になり、宰相の耳にも届いていらっしゃるとは思いますが、なかなかの手腕で、他の領主達が経営方法を学びに来るほどなのです」
「愚息を褒めてもらって光栄だが、心配だ」
愚息呼ばわりに戻った。リヴィオが顔をしかめた。
……親心ですねと私は微笑む。リヴィオはそんな馬鹿じゃない。昔より棘がとれてるし、優しくなった。だけど何歳になっても親は子のことが幼く感じ、心配なものなのかもしれない。
「大丈夫ですわ。さて帰りましょう。……私のために結婚の承諾書の話もしてくれてありがとう」
「どういたしましてだ………が、王家が単純に爵位を用意したものとは思えないからスッキリしねーな」
そっと私はリヴィオと手を繋ぐ。大丈夫よと二度目の『大丈夫』を言ってニコッと笑う。
「いつもどおり過ごし、いつもどおり暮らして行きましょう。もしなにかあったら二人で乗り越えるんでしょ?」
「前向きだな……」
「そうなれたのよ」
周りの皆やリヴィオおかげでなれたのだ。この先も身分が高くなろうがなるまいが、自分の信念に背かずに生きていく。
そうしてナシュレへ二人で帰った。
無論、話を聞いた屋敷の皆、ナシュレの人達は大騒ぎし、ナシュレ伯爵の話はあっという間にこの国中に広がったのだった。
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