偽セイラにご用心!

 コタツ虫がもう一匹増えた。


 大神官長様の一室にこたつを設置することになるとは思わなかったが、気に入ってしまったようだ。テーブルの上にミカンとお茶を置き、まったりと本を読む姿は幸せそうである。


 メイドが時々、おやつに手作りお菓子を持っていくと、ありがとうございます〜とへにゃーとした笑顔でお礼を言っている。


 当分、こたつの外にはでなさそうなので、そっとしておこう。

 こたつ、もしかして国民が働かなくなるという兵器になるんじゃ………?


 こたつの新たな可能性にザワリとした私は真面目に仕事行こう!頑張ろー!と旅館へと向かった。


 この日、温泉に遊びにきていたマリアが言った。


「最近、王都に来ていたかしら?」


「え?いいえ。行ってないですよ?」


 そうよねぇと言いつつ、お茶とお茶菓子を食べるマリアの碧色の目が迷いの色を浮かべ、揺れている。


 何か気になることがあるのね……それも私に関して。


「なにかありましたか?」


 言いたいような言いたくないような……迷いをみせてから、マリアがエイッと口を開く。


「セイラのことではないとわかっているのよ?疑ってもいないのよ?」 


 はぁ……と私は頷く。


「王都に詐欺が横行していて、それがあなたの名前なのよ。例えば、孤児院に寄付をすると連絡があったが、いつまでもないとか、新しい取り引きを始めたいがと持ちかけられたのに約束の日に来ないとか、子馬を10頭送りつけられたた人とか……いろいろよ」


「な、なっ!?誰がそんなことを!?」


 商売に信頼がしめるポジションはかなり重要である。完全に私を狙った嫌がらせとしか思えない。


「後、エスマブル学園長と浮気しているというのも噂に流されているわ」


「ええええ!?」


 ジーニーとそんなわけないじゃない!?チラッとリヴィオの顔が思い浮かぶが、こんな噂を本気にしないわよね。しかし世間体は悪いわね。結婚前になんという噂を流してくれるんだろうか!


「信じる人は少ないとは思うけれど、誰かが仕掛けているとしたら……って気になってしまったの」

 

「ありがとう。教えてくれて……ちょっと調べてみるわ」


 マリアはホッとしている。誰かが言わねばならないが、言えば、信用していないということにもなる。


「良かったわ。これでゆっくりお風呂に入っていけるわ」


 ん?とひっかかる。


「あら……もしかして、この情報をくれたのは?」


「カムパネルラ公爵家よ。お父様が火が小さいうちに早目に手を打つようにと言っていたのよ。でも誰もこんなこと言いたくないじゃない?マリアが一番言いやすいだろうって言われて渋々なのよ!?」


 わかったわと頷いた。確かに早目にどうにかしないと商売にも支障が出る。


 執務室のドアを開けると、眉間にしわを寄せているリヴィオと苦笑してるジーニーがいた。


 なに?ここでもなにかあったの!?空気が重い。


「どうしたの!?」


「いや、リヴィオが話を聞いて、不機嫌になっただけだ」

 

「なってねーよ!バリバリ仕事してるとこだっ!」


 リヴィオは仕事の書類をパラパラとめくりながら、余裕だ!と言ってる。書類をまったく見てないのが……気になります。


「なんの話?」


「セイラと僕が付き合ってるという噂話が流れてると学園の諜報部から真偽を問われてね。後はセイラの偽物が出ているようだ」


「マリアからも言われたのよ。誰かが意図的に悪評を流してるのよね」


 そのようだなとジーニーが考え込む。


「妬みの線か?セイラは成功をおさめてるしな」


「急激な発展をすればそういうこともありえるか」


 リヴィオが紙をめくる手を止めた。とりあえず、エスマブル学園の諜報部が動こうと言ってくれた。カムパネルラ公爵家の方でも継続して探ってくれるようだ。助かりますと平気な顔して言ったものの、私が気づかないところで、誰かの恨みを買っているのかと心が暗くなった。


 数日後、エスマブル学園諜報部が情報を掴んだ。さすが仕事が早い。

 来たのは元クラスメイトで諜報部に入ったダフネだった。


「フフン。セイラ=バシュレ!いい気味ね!あたし的にはこのまま悪評立てられてなさいって言いたいわ!」


 リヴィオがドンッと執務室の机を蹴り上げて、睨みつけた。


「さっさと誰がしてるのか、話せよ」


 ダフネがビクッとなり、冷や汗を垂らしつつ、話す。


「も、もうっ!セイラの事となると冷静じゃなくなるんだから!……犯人はセイラもよく知ってると思うわよ。あなたの義理の妹、ソフィア=バシュレよ」

 

 またか……私はウンザリした表情を浮かべて額に手をやる。リヴィオは絶対零度の冷ややかな表情になった。


「バシュレ家、今すぐ消してきていいか?もういらなくねーか?」


「ちょっと!待って!えーと、結婚の誓約書のサインが必要なのよ!今、騒ぎを起こしたら……」


「誓約書くらい、公爵家の力で偽装してやる」


 サラッと言う公爵家のお坊ちゃん。


「あ!?へっ!?できる………」


 できるならお願いしますと言いたかった私の言葉より先に、ダフネが遮る。

 

「リヴィオ=カムパネルラ!堂々と犯罪の話をしてんじゃないわよ。後、ベッカー家の時は女王陛下に許されていたんでしょ!?今は違うでしょ!?本気でそんなことしたら、大変なことになるわよ!」


 で、ですよね。うんうんと私も同意する。危うく、偽装のほうへ気持ちが偏りかけたが、ほんとにろくでも無い人達のためにリヴィオが犯罪を起こすことは本意ではない。


「オレがしたという証拠残さなきゃ良いだろ」


『…………』


 私とダフネは同じことを思ったのであろう。目が互いに合う。リヴィオは証拠を残さないために何もかも消し炭にしてくるつもりだ。確信できる。


 ダフネがあんたねぇ〜と呆れた。


「ソフィアの件は私がどうにかしてくるわ。ダフネ、協力をお願いします」


 ペコッと私が頭を軽く下げると、ガタンッとダフネが驚いた顔をして、椅子から滑り落ちた。お尻が痛そうである。


「セイラが!?あたしに頭を下げた!?どういうこと!?……良いわ。なかなかいい気分ねぇ〜。オッケーよ!任せて。あんたに頼まれることなんて一生に一度しかないだろうから、協力してあげるわよっ!」


 とても機嫌よく、了承してくれた。理由がちょっと微妙なんだけど。


 『黒猫』が狩りに行きたいような顔をしているが、見ないことにしたのだった。


 

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