王の資質

 私が駆けつけるとマリアが困っていた。


 ステラ王女がイライラしているのだ。


 お土産に秋限定、栗の入った温泉まんじゅうを持ってきたが、そっとメイドに渡す。メイドがお茶を淹れて用意いたしますと下がる。


 室内には王女、マリア、私の三人だ。


「ええっと……いったい、どういう経緯なの?」


 マリアが嘆息し、椅子に座る。


「ゼイン殿下が女王陛下と言い争いになってしまったみたいなのよ。最近、とても真面目に過ごされているんだけど、平民と付き合いたいと言ったらしくて……陛下がいい加減に王の後継者候補としての自覚を持ちなさいと叱責したらしいわ」


「なんでステラ王女が巻き込まれてるの?」


「未来の王に相応しいのはどっちなのかハッキリさせようってことらしいですの」


 ステラ王女が憂鬱そうに口を開いた。


 コンコンとノックされる扉。どうぞと声をかけると、顔を出したのはレオンだった。


「ステラ、大丈夫ですか?」


 優しい青い目にみつめられて、パッとステラ王女の顔が明るくなる。あら?私は必要なかったんじゃないかしら?と可笑しくなる。


「大丈夫ですわ」

 

「なにかできることはありますか?なんなりと……」


 ステラ王女はレオンがいてくれるだけで、もう頑張れますわ!とキラキラしている。先程までの憂鬱さはどこへ?


 ゼイン殿下からの果たし状(!?)が届き、ステラ王女は負けませんわと熱がこもる。


「妹よ!愛のために容赦しないよっ!」


「わたくしだって負けませんわよ!」


 ゼイン殿下とステラ王女は睨み合う。堂々と後継者争いしてるけど、陛下はご存知なのかしら……大丈夫なのかな。


 最初は剣の手合わせらしい。ステラ王女も王になるための教育を受けていて、ミルクティー色の髪をひとまとめにし、軽装で現れる。


 ステラの騎士、赤毛のジーナが誇らしげに私に言う。


「ステラ王女様はなかなかの手練れなんですよ!」


「セイラ、あなた学園時代は男性に勝てていたのですわよね?何かアドバイスありませんこと?」


 ステラ王女が準備体操しながら尋ねる。


「そうですね……今すぐ実践できることは一つですね。剣の打ち合いが長引けば、どうしても力と体力差があるので負けます。最初に相手より素早く動いて、一撃必殺で決めてしまうのがいいと思います」


 わかりましたわ!と気合をいれる。私、レオン、マリア、ジーナが見守るステラ陣営。


 対して、騎士団長、イーノが見守るゼイン殿下陣営。


 騎士団の人が審判をしてくれる。刃は潰してあるので惨事にはならないだろうが、何かあれば回復魔法を発動させようとドキドキしながら身構える。


「はじめっ!」


 タンッとステラ王女が地面を蹴る。突く動作から入った。それを右に弾くゼイン殿下。


 カンカンッと打ち合いが長引く。これは……ステラ王女が不利だと思った瞬間、上段から強い剣の打ち込みで剣が手から落ちた。ステラ王女の負けだ。


「ゼイン殿下の勝ち!」 

 

 騎士団に入っているというだけあって、ゼイン殿下もなかなかの剣の使い手だった。ステラ王女も決して弱くはないが……。


 悔しそうにステラ王女は唇を噛んでいる。


「次は知識だ!」


 ゼイン殿下は一室を用意してあり問題用紙が配られる。私も一枚もらって解いてみる。懐かしいと笑みがこぼれる。学生の時に学園でよくしたなぁ。


 カリカリと答えを書き込む音が部屋に響く。


「終了!!」


 採点していく。二人の学習を見ている先生が、最後におおっ!と感嘆の声をあげた。なんだろう?私の方をニコニコと見た。


「これはすごいです!最高得点はセイラ様です。……じゃなくて勝者はステラ王女殿下ですっ!」


 いや、私のまで採点したの?いらないだろう。ステラ王女がやりましたわ!とガッツポーズをした。


「くっ!!次だよ!!」


「街へ行きますわよっ!!」


 二人は兄妹だなぁと思える似ているテンションで街へと行く。


「王族、貴族に不可欠な奉仕の心ですわよ!」


 ステラ王女は炊き出しを始める。ジーナが横について手伝っている。パンやスープを配っている。


 対してゼイン殿下は街のパトロールへと繰り出していた。一人一人に困りごとはありませんか!?と聞いている。


 ゼイン殿下の動きが止まる。じっと見ているのはまさか……!?


「セイラ様じゃありませんか!?」


 私に話しかけてくる彼女。くりっとした茶色の目に栗色の髪を三つ編みにしている。ややぽっちゃりさんだ。容姿も特別綺麗と言うわけではなく、どちらかと言えば愛嬌がある感じだ。


「たしか……あなたはサリちゃん?」


「はい!サニーサンデーで働かせてもらってます」


 サニーちゃんと名前似てるなぁと思っていたので覚えていた。


「そうです。クレープ講習会の時にいました。クレープの売れ行き、すっごくいいんですよ。それをお伝えしたくて!」


 眩しいキラキラとした目で私を見るので、ちょっと恥ずかしくなりつつ話す。


「皆に受け入れてもらえて、良かったわ。クレープ私も帰りに食べていこうかな?」


「ぜひ!スタッフ全員喜びますよ!」


 ゼイン殿下がツカツカとやってきて、間に無理矢理、割り込む。


「無視したよね!?なんでかな!?こっち見たらどうかな!?」


 サリちゃんはその声を聞いて、振り返ると驚いた顔をした。


「あ……気づかなくて、ごめんなさい」


 私はポンッとゼイン殿下の肩を叩くと小声で警告する。


「空気読めない男は嫌われるわよ。ちょっと落ち着いて!」


 ピシッとかたまる殿下。サリちゃんがしゅんと下を向く。


「あのっ……ごめんなさいっ!無理なんですっ!」

 

 バッと走り去る。ぽっちゃりさんにしては俊足である。私はショックを受けてるゼイン殿下とぽかんと眺めてるステラ王女たちを置いて、追いかける。


「ちょっとまって!?どうしたの!?」


「ゼイン殿下と身分の違いは理解しています。たとえ、結ばれたとしても後宮には、すぐに華やかで美しい容姿の方々が来ると思います。私なんて、一時的な興味です。そう思うと、関わらないほうか良いのです。いずれ飽きて忘れるでしょう」

   

 しっかりとした人である。しかし……。


「サリちゃんは殿下を好きなのね?」


 無言の間。そしてコクンと頷く。

 

「そうなのね……」


 しばらく彼女の話を聞く。そして、そっと肩を抱いて、家に帰るように言った。


 街の路地裏をゆっくり歩いて考える。秘めたる想いを伝えるべきなのかどうかわからない。伝えてしまえば互いに戻れなくなるだろう。


 何もかも関係なく乗り越えていけるだけの心の強さがあればいいけれど、まだその時期ではないのかもしれない。


 城へ戻るとしょんぼりとしたゼイン殿下がいた。ステラ王女がもうっ!と少し怒っている。


「お兄様!両想いなのかと思ったら違いますのね!」


 悪いか……と小さい声で反論している。レオンがまあまあと間に入る。


「お兄様の趣味が変わられた気がするのですけど?」


「サリは見た目じゃないんだ。笑顔や声が良いんだよ」


 ステラ王女がやれやれと手を広げる。

 

「お兄様は平民と付き合えばよろしいわ!わたくしが女王になってさしあげてよ。お母様には時間がかかっても説得していくべきですわ……レオン、わたくしを助けてくださる?」


 レオンは一瞬、目を見開いたが、リヴィオが真剣に話をするときのように真顔になった。


「もちろんです。ステラ王女殿下の傍にいますし、必要ならばどんなことでも手を貸します」


 彼はずっと前から覚悟を決めていたのかもしれない。カムパネルラ公爵家次男であり、現宰相の息子となれば文句のつけようもない。


「お兄様!どーしても、それでも王位がほしいのでしたら、またわたくしに挑んでくださいな」


 そう威勢よく言って、退室していくステラ王女。うなだれるゼイン殿下。


「殿下……元気をだしてください」


 騎士団長が励ます。イーノは赤い目を黒フードからのぞかせて言う。


「うちの妹達はよくこう言いますよ。二人一緒なら不可能などない。乗り越えられないものはないってね」


「どうしようもないことかもしれないが、ただ彼女のことが好きなんだ。頑張りたいんだよ!」 

 

 手に入らないものを手に入れたくてもがいてるゼイン殿下を私はどう思ったのか……口を開く。


「きっと彼女もゼイン殿下の心を照らしたいと思っていると思います。諦めないでください」


 男3人はハッとした顔をした。ゼイン殿下は自嘲気味に笑う。


「今まで自分のしてきたことを恥じる。人の心を弄ぶものではなかったと。セイラにも申し訳なかった。サリを諦めないよ。何度でも頑張るつもりだよ」


 ……相手が平民なら、権力を使って、城に連れてくることは簡単だ。だけどそれをしなくなったゼイン殿下は本気で恋しているのだろう。


 ステラ王女も兄が本気だとわかっているから、王位のことは考えなくていい。好きにするようにと言いたかったのだろう。しかし王位がほしければ……まだ間に合うとも。


 二人とも立派な王の資質を持っていると思う。人の心を思いやれるのだから。

 



 

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