不自由さは不幸せか幸せか?
隣国からきた大神官長様は親しみやすい人だった。
湖の公園の片隅で木の実や木の枝を使って遊び道具を子どもたちに作ってあげたり、トーマス達と稲刈りへ行ったり、ごろごろ芝生で寝転がって昼寝していたり……。
また、ある日はリヴィオと剣の打ち合いをしていて、負けましたーと言いつつも『リヴィオくんは重心が右に偏りやすいから左に対応するのが遅れがちなところがありますよ』とアドバイスし、リヴィオはたしかにな……と納得して、また教えてほしいと頼んでいた。
リヴィオと互角に剣の打ち合いをできる者はなかなかいないので、嬉しさが顔に出ていた。
その後、二人でタオル片手に街の銭湯へと出かけていった。なんか……仲良くなってない?
「フルーツ牛乳いいですね!そしてアイスクリームはお風呂のあとに最高でした。街の銭湯は銭湯で好きですよ」
幸せそうに帰ってきて報告してくれる。楽しんでいるようで良かった。この分だとほうっておいて良さそうだわと、私は旅館での仕事をいつもどおりしている。
「セイラーっ!できたのだー!」
「やっとうまくいったのだ!」
トトとテテが朝早くから屋敷へやってきた。私は慌てて身支度して行くと、大神官長様も興味津々でその場にいた。
この人、誰?という顔をする二人だが、完成品の説明に忙しい。
「カラクリ人形なのだ!」
「お茶を運ぶ人形の話をセイラから聞いて作りたくなったのだ!」
日本人形ではなく、どちらかと言えば帽子を被ったピノキオのような人形が手にお茶のソーサーをのせている。
「かわいいじゃないの!さすがトトとテテ!!」
私は話を聞いて、ここまでできるとは!と感心した。
「精巧に作られてますね。すごいですね」
大神官長様もジーッと人形を横や上から見ている。
「じゃあ、動かすのだ」
テテがスイッチをいれるとカラクリ人形は動き出す。絨毯の上をトトトトトと動く。
お茶をこぼさない安定感。やるわね。
「わぁ!私のところまでき…………た!?」
後少しで私にお茶が届く!と思った瞬間、ちょっとした絨毯の曲がり具合によってコケッとなり、転倒したカラクリ人形。ガシャンとお茶がこぼれた。
『ああああああ!!』
トトとテテが頭を抱えた。
「いや、でもすごいです!」
拍手する大神官長様だったが、二人の発明家は納得できなかったようだ。
半泣きで帰っていくトトとテテをなだめて戻ってくると、彼は言った。
「この国は平和で良いですねぇ。兵器ではなく楽しめる物を作るなんて」
「そうですね。あまり広くない大陸だからでしょうか。他国を気にすることもないですし、魔物がいないので危機感もないですね」
「私もこんな地で隠居生活おくりたいですよ」
私はいつでもどうぞと言うと、大神官長様はいつもの微笑みはなく、少しだけ複雑で寂しげな笑みを浮かべたのだった。
その後、朝食を簡単にとり、ジーニーと執務室で会う。
「どうだ?トーラディム王国の使者は?この国に対して干渉したり侵略するような探りとかないか?」
目を鋭くして尋ねる。
「休暇っぽいことしてるわ。そんなイケイケではないわ。隠居したそう…」
「は?」
ちょっと意味がわからなさそうなジーニーだが、仕方ないだろう。私だってよくわからない人だ。
「リヴィオも最初は警戒していたけど、大丈夫と判断したみたい。二人で街の銭湯へ行ってるわよ……今度、スタンウェイ鉱山の温泉にも行くらしいわ」
「大神官長とはトーラディム王国の護りの要であるらしい。一人で1つの街くらいなら滅ぼせるくらいの魔法を使えるとか……歴史書を見ていても代々、力の強い者がなっている」
パラパラと本を開いている。
ちょうど、ゼキ=バルカンが連絡球で連絡をとってきた。
「あー、大神官長?おもしろい人だよね☆あまり王都にいないから会ったことは数えるくらいだけどね。害はないと思うよ☆遊び歩いてるのか、仕事しろ!行って来い!と副神官長に怒られてたよ☆」
私とジーニーが顔を見合わせる。ゼキ=バルカンが珍しく真面目な顔をして言った。
「あの国では……まぁ、こういう言い方は悪いけど、彼は兵器みたいなものだね。必要とされる時は国の有事だよ。必要な時が来ないことが一番良いよね」
呑気そうにみえるが大変な役割を担ってるらしい。
ところで!とゼキ=バルカンが話をかえるけど☆と明るく言う。
「リヴィオと君の結婚式はいつするんだい?もちろん招いてくれるよねっ☆!?」
唐突な質問ね。だいぶ話の方向が変わった。
「えーと、一応、夏頃を目処にしてます」
やや照れ気味で私が言う。
「ええええ!出席できないじゃないかーいっ!」
航海中たがら、仕方ないだろうとジーニーが横でポツリと言っている。
「くっ……悔しいが、仕方ないね。『コロンブス』からもお祝いを贈らせてもらうよ☆」
ありがとうございますと私は礼を述べる。
ジーニーがゼキ=バルカンに話しかける。
「次の航海ではエスマブル学園の留学生を頼みます」
「ああ!そうだったね☆わかってるよ。見聞を広めることは良いことだよ☆まかせてくれ☆」
なるほどー!それは良い案だわと私が頷いているとジーニーが笑う。
「少しずつだが、魔物への知識や魔法の技術などを得ていくためにだよ」
私が知らないところで、色々進んでいくなぁと思いつつも、エスマブル学園長を頼もしく感じる。
なんだかいきいきとしたようにも見えて羨ましく感じた。
「フフッ☆ちょっとセイラも行ってみたくなるんだろう?シンの孫娘だからねっ☆」
「興味はあるけれど……」
この地で、色んなものを得た私はすべてを置いてはいけない。不自由になったものねと思ったけれど、不幸せではない。むしろ幸せに過ごしている。
ゼキ=バルカンが優しいまなざしになった。まるで祖父のような目をして、言った。
「わかってるよ。それでいいんだ。君がそこにいて、幸せに過ごしているということはシンとの約束も果たせてるからね」
じゃあねと連絡球が切れた。ジーニーもまたなと帰っていく。
私が執務室から出ようとすると、連絡球が光る。誰だろう??
「セイラ、いましてー?」
相手はステラ王女だった。久しぶりに見た彼女は少しだけ大人びていたが、表情は穏やかではない。
「お久しぶりですね。どうしたんですか?」
「お兄様がわからないんですの!勝負しろといきなりおっしゃるのよ」
私はどうやら、王城へ行くことになりそうだった。
ゼイン殿下はいったい、次は何をしようとしてるのだろう。
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