背中は見せず
ドレスは背中の出ないものにする。今まで露出が少ないドレスを着ていたが、マリアとオリビアにもう少し綺麗に体を見せるものでもいいのではとデザインについて何度も言われた。どうしても私は首を縦にふれなかった。
それをリヴィオが珍しく口を挟んで止めた。
「いいんじゃねーの?なんでも似合うだろ」
私は確信した。彼は知っている。
「………リヴィオは気づいていたのね」
何が?と、とぼけるが、それが余計にわかりやすい。ベッカー家で怒り狂った彼はきっと私の過去を知ってしまったのだ。
「いいの?」
「………あのなぁ。辛いことを無理に確認したり口にしたりしなくていい」
でも……と私が言いかけるのを手で私の口をスッと塞ぎ、制する。
「オレは船の上で背中を見たし、それを……ベッカー子爵がペラペラといらねーこと喋ったおかげで何をバシュレ家でセイラがされたのか確信に変わった。言いたくないことは言うなよ」
そ、そういえばっ!服を着替えさせたのはリヴィオだった!!思い出して、顔が赤くなる。
私の動揺を余所に彼の方はピリピリとした緊張感のある雰囲気で声を低くさせる。
「そういうことだ……いいか?おまえが一言バシュレ家を滅ぼしてくれ、必要ないと言えば、オレが今すぐにでも、この世界から消してやるよ。それくらい腹がたっている。考えるだけで怒りが沸き起こる」
それは本気だとわかるだけに……冗談でも言えない。リヴィオの金色の目が怒りで赤い色を帯びてきている。危険信号。
「セイラにしたこと、いや、それ以上のことをしてやるよ。この『黒猫』に命じてくれてもいいんだぞ」
「ちょっ!ちょっと!?落ち着いて!!」
「オレは冷静だ。だけど冷静さを奪うことではあるだろ。オレはいますぐぶっ飛ばしたいが、バシュレ家の当主をオレが裁くかセイラが裁くか……選択肢はセイラに権利があると思うから、ずっと我慢しているんだ」
金色の目が真っ直ぐ私を見据える。
「ずっと言おうか迷っていたが、辛い記憶でセイラが話したくないことを聞き出したくない」
「アオが記憶を封じていたから、思い出したのは最近で、傷はよーく見ないとわからないくらいなのよ」
……ん?と私は自分で言っておいて言葉に引っかかるものを感じる。しばしの沈黙。
「ちょっ!ちょっとぉ!?待って!そ、それだけ……じっくり見たってことーっ!?」
「なにを?」
しれっとするリヴィオ。
「とっ、とぼけないでよおおおお!」
「さー、仕事するぞー」
逃げるリヴィオ。待ちなさいよーっ!と怒る私。
……私には言わなかったが、自分のことのように傷ついてくれていたのね。
リヴィオは優しいわと微笑む。
カチリとある一室を開ける。その小さな物置には一冊の薄いアルバムが保管されている。
開くと、祖父と父が並んで写真に写っているものや母と父が結婚したときの写真がある。
最初の方……幼い頃の父は笑顔なのに、月日と共に、だんだん笑顔が消えていく。最後のページに私が生まれて四人で撮った唯一の写真でも険しい顔をしている。幸せとは言い難い雰囲気だ。
パタンとアルバムを閉じる。なにかしら理由があったのだろう。ベッカー家と結婚をしたということは父は祖父をこの国に縛らせておくための人質のようなものだ。常に諜報員の一族から見張られている……気分は良くないだろう。
そして祖父のような才能がないと言われ、皆から失望されれば、性格も曲がるものだろう。
だからと言って私にしたことは許せないし、リヴィオの言うとおり、この世界から消してしまえればホッとするのも間違いない。
未だに時々、悪夢をみる。
回復魔法のある世界で傷が残る場合……治るまでに時間がかかっているからだ。あの屋敷で傷の手当をしてくれるものもおらず暗闇の部屋でずっと痛みを堪えていた幼い頃の記憶はそう消えるものではない。
鍵をかけ直して、静かに部屋から出る。嘆息した。結婚をするに当たって父ともう一度会うことになる。署名をもらわねばならない。
リヴィオと一緒に行けばいいかなと思ったが、あの怒りようでは危険すぎるかもしれない。
しかし一人では行きたくない。記憶を思い出した今、会うことは怖くて考えると吐き気がする。
……まだ時間はある。そう思い、この問題は置いておくことにした。
少し鬱々とした気持ちで、旅館へ行くと、秋のお風呂の菊風呂がはじまっていた。
「女将もどうです?試してみられたら?」
スタッフに勧められて、誘惑には勝てず、試すという大義名分のもと入ってみることにした。
菊の香りがお湯から湯気と共に、立ち昇る。お湯の温かさがホッとする季節になってきたなぁ。
「はー、暖かいわー。ちょっとよもぎ風呂と似てるかも」
顎のあたりまでしっかりお湯に浸かる。
薬草効果のあるものは身体にいい気がするし、いつもより温まってる気がする。
足もうーんと伸ばす。大きいお風呂に一人とは……なんて贅沢!
憂鬱だった気分も溶けていく。
ゆっくり浸かって出る。スタッフに薬草風呂という感じで香りが良かったわ。と報告していく。
今度、私もリュウノウギクを摘んでこよう。小さな白い菊をクルクルと手で回して歩いて行く。
売店でコーヒー牛乳を購入する。休憩室でまったり……したいところだが、テキパキ飲んで、お客様がそろそろ到着するから案内しなくちゃ!
まだホカホカと体が暖かい。玄関に行くと、ナシュレの農家の人が来ていた。
「あら?どうしたのー?」
「あ!セイラ様!これ、畑をおこそうと思い、刈り取ってしまいたかったので、よかったら飾ってもらおうと思いまして」
麦わら帽子を被った農夫の後ろを見ると大量のピンクや白の優しい色の秋桜。
「すごい量!きれいだわ。ありがとう。飾らせてもらうわね」
お礼にコーヒー牛乳、フルーツ牛乳、果実ジュースを渡す。いらない花だったので、気にしないでくださいっ!と農夫は慌てていたが、心づかいが嬉しかったのだ。
手を振って見送り、私は秋桜を飾った。ススキと秋桜の組み合わせもなんだか心が落ち着く。
「きれいですね!秋桜って好きなんですよね。しかし、スゴイ量ですねー!」
スタッフが通りすがりにそう笑いかけていく。私も花見できるわよと笑い返す。
ずっと、こうやって、心穏やかに優しい気持ちで過ごせたら、どんなに良いだろうか。それとも退屈に感じてしまうだろうか?
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