隣国の客人
『コロンブス』の帰船と共に隣国から初めて使者が来た。遣唐使っぽい感じなの?と日本の記憶の中の歴史を思い出した。
しかし、まさか『花葉亭』でその要人をもてなすことになるとは思わなかった。
やや緊張しつつ玄関前に立つ。今日と明日は貸し切りである。
馬車が何台も到着した。まず宰相であるハリー=カムパネルラが降りてきて、客人にこちらですと声をかける。陛下は来ていないらしい。
場所から降りてきたのは……一瞬見惚れるほどのどこか人離れした雰囲気の白銀の長い髪に紫水晶の目をした美青年。白いローブに身を包み、微笑みを浮かべている。神々しい美しさ。
「いらっしゃいませ。ようこそ『花葉亭』へ!」
み、見惚れてる場合じゃなかったー!私もニッコリと笑顔を浮かべて挨拶する。
「なんだか変わった宿と聞いて、楽しみにしてましたよ」
青年はフワリとした優しい笑顔を皆に向ける。
「こちら、隣国トーラディア王国の大神官パル=ウォール様だ」
ハリーが紹介してくれる。大神官長とか言うから、おじいさんを想像していたのだが……こんな綺麗で若い方だったとは思わなかったわ。
「長旅でお疲れでしょう?どうぞごゆっくりされていってください」
「ありがとうございます」
丁寧に返答してくれる。歩いて案内していく。
「なんだか、変わった建物と内装ですね!」
美しい容姿とは裏腹に、子どものような性格のようで、キョロキョロ見回している。売店をみつけ、寄っていきたいなーと言う。
「まずはお部屋でごゆっくりされてから、館内を楽しまれると良いですよ」
ハリーがそう言うと大神官長もそうですね!と同意した。
特別室のお風呂をタタタッと覗きに行ったり、障子戸を開いたり閉じたりしている。
神々しさ……どこいったかな?最初の雰囲気はなくなり、すっかり楽しんでいる。
「お茶をどうぞ」
私がお茶とお菓子を出すと、ストンと椅子のところへ座った。トトとテテの行動にやや似てる気が……変人の予感。
「このお菓子、美味しいですね。うちの娘が喜びそうです!」
秋のお菓子はさつまいも餡のおまんじゅうだ。お茶をまったりと飲んでいる。おかわりは自分で、注ぐのでお構いなくとポットを置いて、フーとひと息ついている。
「娘さんがいらっしゃるんですか?」
「娘のような弟子なんです。お菓子、好きなんですよー」
微笑ましい。私は威厳が薄れてきた大神官長に少し慣れてきた。
案内してきたハリーは夕食時にまた共にすると言って休憩しに行き、別室にいる。
「売店にお土産がありますから、よかったらどうぞ」
「……買っていったら、私だけ楽しんできたのがバレますね。怒られるかな?どうしようかな」
なにやらブツブツ真剣に呟いている。
「お風呂もよかったら夕食前にどうぞ!露天風呂もいいですし、お嫌ではなければ大浴場やサウナなども気持ちいいですよー」
「気遣いをありがとうございます。ゆっくりさせてもらいます」
なんだか普通の人だし、感じが良いし、ちょっとホッとした。私が礼をして下がるとリヴィオが部屋の前で待機していたらしく、難しい顔をして待っていた。
「気づいたか?あの大神官長、只者ではないな。歩くときの足音がない」
「訓練を受けてるってこと?」
「オレの見立てでは、そうとう強い。外見は優男だが中身は違う」
たしかに言われて見れば、身のこなしに無駄がない気がした。
「まさかの単身でどんな場所なのかわからない隣国に来るほどだからな。もっとぞろそろお付きの人とか連れてきて、大神官長とか言うからエラソーなじーさんを想像してたぞ」
「同じくよ……」
まぁ、油断するなよとリヴィオは金色の目を細めた。
おもてなしには満足頂いているようだ。なんと大浴場やサウナも体験してきたらしく、ほんわかとした顔で夕食をハリーと会談しながら食べている。
「衣サクサク天ぷら美味しいです!茶碗蒸しも!後で作り方を教えてもらっていいですか?」
「料理するんですか!?」
ハリーが驚いている。
「しますよー」
ニコニコと笑っている。大神官長が料理?ハリーが少し疑わしく、思ったのか尋ねる。
「あの……無礼を承知で聞きますが、大神官長様らしからぬと思ってしまうのですが?」
「私が役目を果たすのは大きな儀式、魔物討伐……そして、他国との戦の場です。普段の仕事は優秀な部下たちがしてて、私は王都が苦手なので、田舎に住んでます。あ、でも王に次ぐ権力はありますから、ウィンダム王国を軽んじたわけではありませんよ!」
誰もツッコんでないところまで、慌てて言う大神官長様。
思わず可愛らしくてフフッと笑ってしまう。
「後から料理長にレシピを書いてもらいますね。トーラディム王国にはお米の種を頂いて感謝してます」
お米で作った餅入りの小さな鍋を出す。
「いえいえ、美味しいものは万国共通ですよ。お餅入った汁も美味しい!!」
幸せそうに食べていて、こちらまで嬉しくなる。油断するなと言われたが、悪い人には見えないんだけどなぁ。
「美味しいものを食べる時は幸せ感じますよねぇ」
「本当ですね。しかし王都トーラディアにはなんでもあると……行ったことのある、うちの息子から聞きましたが?」
リヴィオを指さしてハリーは言う。
「そうですねぇ。お互いにあるものとないものがありますよ。補えあえるのが他国同士の交流する利点ですよ。たとえば冷蔵庫とかドライヤーとか先程、部屋やお風呂にあって説明を受けたのですが、欲しいです!我が家に!」
「家!?国ではなく…?」
ハリーが個人的にかい!っとツッコミ入れたそうなのを我慢している。
「ええ……だめですか?」
「セイラ嬢が考案した物だ。どうだろう?」
ハリーが聞いてくる。私は大丈夫ですよと頷いた。アフターケアはできないけどと付け加える。
「あ、特許ではありませんが、術式の解読はしないで頂きたいです。あくまでも個人に差し上げるということで……」
他国に渡り、私の知らないところで何か違うことに転用されるのはいい気分ではない。もともとは人の生活を良くしたいという気持ちで作ったのだから。
「わかりました!私の家のみで使います……いいお土産です」
ホクホクとしている。
信用していーのかよ?とリヴィオの視線が痛い。
次の日に帰るかと思われた客人は意外なことを言い出した。
「ナシュレの温泉!気に入りました。春に帰る時までここに滞在してもいいですか?空き家とか借りて……銭湯も体験してみたいですし!」
「いやいやいや、国の大事なお客様をそんな空き家などには!」
ハリーは慌てている。
「大丈夫です!私はそのへんの平民よりも平民らしいですから!」
ドーンと胸を張る。リヴィオが王都トーラディアを見たんだが、立派な神殿があってだな……そこの長なんだよな?と首を傾げる。
ワクワクしている大神官長を止めることはできず、ハリーは条件をつけた。
「はぁ……仕方ありません。信用していないわけではありませんが、家の息子を監視役としてつけてもいいでしょうか?」
「は!?オレ!?」
リヴィオが父であり宰相であるハリーを思わず見た。
「いや……オレ、領地経営で忙しいし、旅館もあるし……聞いてんのかよ!」
ハリーは黙れとばかりにリヴィオを見返す。
「私はぜんぜんかまいませんよ!よろしくおねがいしますね」
ニッコリとリヴィオに微笑む大神官長。
「なんでオレなんだよーっ!」
「今まで、おまえの起こした問題を片付けてやっただろう?ここらで親孝行しろ」
ポンッとハリーは肩を叩く。
「いやいや、おかしいだろ!?なんで王宮につれていかないんだよ!」
「王家内、王都にずっといられて探られるより、ナシュレでのんびりしてくれるほうが好都合だからな」
政治的都合がめちゃくちゃある。私にも頼みますと頭を下げられる。
とりあえず、ナシュレの屋敷へと案内し、好きなように過ごしてもらうことにした。
リヴィオはセイラの傍にわけのわからない危険そうな人物は置きたくない!と最後まで反対していたが、監視するには傍にいたほうがやりやすいということで妥協した。
頭の良い人で察しているのか、それともそれが素なのか大神官長は『なるべく迷惑にならないようにしますね。基本的には怠け者なので、ごろごろしてますから』と堂々と寝て過ごす宣言をしたのだった。
変わった人が来てしまったものだ……。
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