人の恋路は邪魔するな
私は布地を選びにカムパネルラ公爵家の一室に来ていた。部屋中に白色の布地が広がっていた。
お店に行くものとばかり思っていたが……さすが公爵家。お店がそのまま移動してきたかのごとくになっている。物が部屋に溢れている。
「これなんてどう?白だけど真っ白すぎなくて上品だわ」
オリビアがどう?と手触りも確認するように私にも触れてみるよう促す。
「良いと思います」
「もう!セイラったら、そればっかり!」
マリアはそう言うが……ドレスの生地から選ぶとかよくわからない。靴はつい動きやすそうなヒールの高さを選んでしまう。私の頭の中はどうも実用的にできているようだ!。
しかしどれも品質が良くて、ホントに良いなぁと思って言っているのだ。
「これとこれも素敵だわ」
マリアは薄いベール用の生地にレースがほどこされている物を見せる。
ひと目見て思う。高そう……これは高価っ!
「でもレースの編み方が少し古いわよ」
オリビアがサラリと指摘。セイラはどう?と聞かれる。値段を聞かれているわけではないことはわかる。
「え、ええ。綺麗だと思います!」
ほら。大丈夫だと思うわとマリアが言う。オリビアがそうねぇー。じゃあ、候補に!とお店の人に言う。かしこまりました!とやりとりが続いていく。
延々と続く準備だった。午後からは宝石商、靴屋さんがくるらしい。すでに私はパンク状態であった。
お茶がコポコポと注がれる。選ぶことも終わり、三人でお茶をゆっくり飲むことにした。
「準備を手伝って頂き、ありがとうございます。私、ぜんぜんわからなくて、助かります」
「ウフフフ。楽しかったわー!」
マリアがそう言う。オリビアもなんだか若返るわーとイキイキとしている。
私だけが疲れて真っ白になっているのだった。
「あらあら、疲れているわねぇ……甘いお菓子を食べたら少し元気になるわよ」
オリビアが焼き菓子をすすめてくれる。口に入れるとサクッホロッとして甘く、お茶と合う。
「そういえば、セイラは知ってる?ゼイン殿下とソフィアさんが婚約を解消したらしいわ」
ブッ!とお茶を吹き出しかけた。あ、危なっ!!唐突にマリアが言うが、前々から噂はあったらしい。
「なんでもゼイン殿下が好きな人ができたらしいわ」
社交界に出ていても会わないと思ったら、そんなことになっていたのね……。
私とリヴィオが社交界に積極的に出ていたが、二人に一度も会わなかったのは偶然ではないようだ。ゼイン殿下とソフィアの間に騒動があったわけね。
「まだ真偽のほどは定かではないことを言うのはどうかと思うのだけど……」
オリビアが言いにくそうに口を開く。
「ゼイン殿下が平民の女性に恋をしたという話らしいのよ」
噂好きの貴族たちに壁はない。ほぼあっているだろう。しかし……。
「あのゼイン殿下が?平民と??」
私達も信じられないわとマリアとオリビアが言う。
ソフィアの怒りは……どれほどであっただろう?その平民の女性の身が心配だ。なにかされてなければいいのだが。
「どこの誰かというのは??」
わからないわと首を横に振られた。
私はそんな噂を聞いて、ナシュレに帰ったのだった。
………な、なぜーっ!?
私は口をぱくぱくさせた。リヴィオは不機嫌そうにしている。
旅館の一室。お客様はなんとお忍びで来たというゼイン殿下とイーノ。しかもわざわざ偽名で予約してきたのだ。
「こんなとこで、何してるんですか?」
呆れる私。トトとテテの兄であるイーノは以前、私に呪いをかけ、その後、母に怒られたとあって、目を合わせない。ゼイン殿下はややリヴィオに警戒しながら私にあることを告白する。
「実は……ある女性を好きになってしまったんだ!!」
「いつものことだろ。またどうせ飽きるんだ。その女性に迷惑かけんなよ」
リヴィオが思い切って口にしたゼイン殿下の叫びをぶった切る。
「殿下はその女性のところに126日間、欠かさず通っていらした……本気だ」
イーノがボソッとそう言う。
……それストーカーやん?
私は殿下は基本的に愛情表現の仕方が間違えてるよと言いたかったが、ゼイン殿下が必死に見えたので、とりあえず口にするのは、控える。
お茶菓子とお茶を出す。夏の涼菓は梅の入ったゼリーだ。甘みと酸味のハーモニーが絶妙で、スッキリとした味わいになっている。
「それで、なにか私達になんの用です?」
「陛下にも宰相にも反対されていて、悩んでいるんだよ。誰にも相談しにくいことだし……」
そりゃそうだろう。二人が反対しているのは身分差だけでなく、ゼイン殿下の今までの行いのせいだろう。日本の格言にもあるではないか。身から出た錆だ。
イーノはマイペースに梅のお菓子が美味しいと食べている。そんなところはトトとテテと似ている。
「その……私、平民の女性とうかがったんですけど?本当に?」
「たまたま好きになったのが平民の女性だったというわけだ」
事実だった!!リヴィオは初耳だったらしく、目を丸くした。
「それはそれで良いんですが、その女性が嫌がらせとか受けていないか心配です。王族と結婚するということは……」
私の言いたいことはわかってるよと手をあげて制した。
「大丈夫だ。騎士団長を使って、常に護衛しているよ」
『…………』
私とリヴィオは無言になった。騎士団長を使うなよとリヴィオは言い、私は王都は平和ねと言った。
それで今回、騎士団長がいないのか。
「なんでわざわざオレたちのところに来たんだ?その質問に答えてねーだろ?」
お茶とお菓子でまったりしていた、イーノがぽそっと言う。
「サニーサンデーっていうお店、知ってますね?」
「いや、知ってるもなにも……」
うちのアイスクリーム屋さんですよね。
「そこの従業員の一人に恋をしてるんです。殿下は騎士団任務の一貫としての王都のパトロールをしていて、たまたまアイスクリームを食べに行き、そこから話すようになって、ゼイン殿下が気に入ったんです」
『ええええええ!!』
リヴィオと私の声がハモる。まさかのサニーサンデーのお店の!?私はクレープ作りをした時に行った従業員の顔を思い出す。可愛い人は多かった。どの人だ!?
「あ、いや、でも従業員ってだけですし、私達がどうこうできないです」
「むしろ守らないとだめだろっ!」
リヴィオがゼイン殿下から従業員を守れ!と燃えている。
「無理矢理とか……そういう意味ではないんだ。……どうやったら……その……本気と思ってくれるかな?好きになってもらえるかと……」
私とリヴィオは思わず、驚き、顔を見合わせた。あのゼイン殿下が真剣なのがわかる。
「リヴィオは長年の想いを叶えたと聞いた。どうしたらいいか教えてほしい」
あ、頭をさげたあああああ!?
「恋は人を変えますよね……殿下の想い人は殿下の申し出をことごとく断っていて、完璧に片想いなんです」
イーノがしみじみ、おじいちゃんのようにお茶を飲みつつ言う。完璧な片想いとか言うなーっ!とちょっと涙目の殿下を見るとこれは真実らしい。
「よし!」
リヴィオが風呂へ行くぞ!と言う。サウナしながら語るつもりね……。師匠!お願いします!というノリでついていく殿下。
イーノは護衛役をしてるらしく、めんどくさそうに後ろからついていくのだった。
私が他のお客様と話していると、その横をホカホカした顔の男三人が通っていく。
売店でコーヒー牛乳とフルーツ牛乳を買っている。楽しんでるなぁと見守る。
リヴィオにどんな話をしたの?と聞くと大した事は言ってねーよと笑った。
その後の噂では殿下は真面目に職務に取り組み、派手だった生活も質素になり、臣下たちや騎士団の同僚たちにも思いやりをみせるようになったとか……。
「どんな魔法使ったの?」
「なにも……?今までしてきたアホな行動を思い出させてやっただけだが?」
……なるほど。
リヴィオは恋はこえーなー。あの殿下が反省してたぞと呟いて笑っていたが、ふと真面目な顔になった。
「その女性と一生一緒にいれるなら……王位もいらねーとか言ってた。そんだけ本気なんだな」
あのゼイン殿下を変えるほどの女性に私も会ってみたいものであると思ったのだった。殿下のアイスブルーの目が以前のどこか物足りないような退屈なような苛立ちはなく、優しくなっていたことに気づいていたからだ。
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