【雨に唄えば】
雑誌『男の休日』をパラリと開いて嬉しそうにリヴィオが見せた。ドヤっとした顔である。私は頷く。
「うん。よかったわね……」
休憩室は盛り上がっていた。それもそのはず。『花葉亭』が雑誌に取り上げられたのだ。今月号が届いた。
「『男の休日』の雑誌といえば!けっこう高価で物の質が良いものを紹介してるやつですよねー!」
取材の対応はリヴィオがしてくれていた。お気に入りの雑誌でよく喫茶コーナーで読んでいることを知っていたが……。
「休日は温泉地へ……『花葉亭』の温泉とサウナは休日のあなたの疲れを癒やす!スタンウェイ鉱山の自然の中での温泉もオススメだ。特にサウナは石の効果を利用して……」
スタッフがいい感じに紹介されてますね!と読み、感心している。そうだろとリヴィオは満足げに頷く。
「……で、セイラはなんで眉間にシワ寄せてなんの雑誌見てるんだ?」
私の様子に気づいてくれたらしい。リヴィオとは対照的な顔だったらしく、スタッフも難しいことですか?と聞いてくる。
「はぁ……」
ため息が出る。
「レース、生地……?これってもしかして!」
スタッフが目を見開く。
「そろそろ結婚式の用意をってメイド長に言われて渡されて読んでるんだけどね……」
「楽しいものじゃないですか!」
「種類多すぎじゃない!?皆、こんなことしてるの!?」
レースの模様、生地の質感、宝石のデザイン靴、花……頭に入れるのが大変である。魔法書ならページを開くとすらすら入る。不思議。
スタッフ達とリヴィオが一瞬静まる。
「いやいやいや!?おかしいですよ!?」
「真面目に全部見て考える必要はないでしょ!?」
リヴィオがテキトーで良いだろと呆れたように言う。
「えっ……だってメイド長に『頼みますよ!』って言われたんだけど……」
私は勘違いしていたのだろうか?この空気…。責任持ってやり遂げねば!と息巻いていた。
「それはこの中から好きな物を選んでくださいねって意味でしょう!?」
「お勉強じゃないですよっ!」
「買い物は直感です!」
全体像から把握してと思っていたが………勘違いだった。ちょっと赤面して、そうなのね!と笑ってごまかした。
オーダーメイドで作るなんて日本でも経験したことない。難しい。
「つまり……結婚式の準備。めんどくさかったわけだな?まさか、一つ一つ……そうやって?」
リヴィオが察してきた。
「これプラス淑女修行やら社交界に出てたら時間なくて……」
「こういうのは自分のセンスや趣味で選ぶものだ。それに実際に店に行ったほうが良いと思うけどな」
さすが公爵家の坊っちゃん。カタログを見て、ページをめくって、これとかこれが質が良いと思うけど?と良さそうな生地を指差す。
「うーん……でもオレは男だし、そこまで詳しくねーな。母さんとマリアに助けてもらうか」
「そうしてくれる?私には荷が重いわ」
私が本を広げつつ、憂鬱そうな顔をした。リヴィオが面白そうにクスリと笑う。
「普通ならそっちの本の方が女性は好きだと思うけどな。まぁ、それがセイラだな。わりと自分のこととなると苦手だよなぁ」
気づかなくて悪かったなとポンポンと頭を軽く叩いて部屋から出ていく。
スタッフたちがポツリと言った。
「カッコいいやりとりしてましたけど、今から絶対にサウナに行きましたよね?」
「あれは雑誌見てたら入りたくなったとみた」
スタッフ達に見抜かれてるよと可笑しくなったが、結婚式準備についてはオリビアとマリアの助けがあるとすごく助かる。
あーあーとスタッフの一人が言った。
「どうしたの?」
「サウナにはいってスッキリしたい気持ちもわかりますよー。このところずーーーっと雨ですもん」
「ほんとほんと。一週間は降ってるよなぁ」
場の雰囲気が一気に憂鬱なものとなった。確かに長雨続きだ。
「洗濯物も乾かないし、なんか鬱々しちゃいますよ」
私はうーんと腕を組む。
「そろそろ……出来上がる頃かしらね?ちょっと行って来るわね!すぐ戻る!」
『女将ー!?』
スタッフ達の驚愕の声を残して私は消えた。
しばらくして、旅館の玄関に雨の中、馬車がついた。ナシュレの街から私は職人さんと一緒に帰ってきた。
「女将!?なんですか!?それ!?」
私はニヤッと笑う。スタッフ達があつまってきた。
ポンッと開く。ポンポンと次から次へと開いていく。
「うわぁ!綺麗な柄!!」
「傘……なんですよね?」
職人さんがフッフッフッと得意げに笑う。
「セイラ様と一緒に考案した傘だ!」
すごい!骨組みも美しいとみんなが称賛し、職人さんはまんざらでもない。
和傘を作ってみたのだ。温泉旅館の雨にはやはり和傘が合うと思う。
「なんか普通の傘と違いますね。色も綺麗でまるで花のようです」
スタッフ達も釘付けだ。
「日頃の感謝を込めて!みんなにも一本ずつプレゼントします。後、お客様にはお庭や周辺の散歩などに使ってもらいましょう」
きゃー!と声がして、どれにする!?と盛り上がっている。
花柄の傘をさし、雨が降っているが使用してみている人。蛇の目傘をくるりと回してみる人。葉の絵に青い花に桜に椿………様々な絵が並び、芸術作品だ。
「うーん、これは思った以上に良いですね!」
職人さんが皆の姿を見て感無量となっている。私のテキトーな説明からよくぞ作り上げたものだ。一年はかかった…。
「雨で皆、鬱々してたのよ。傘のおかげで、気分が良くなったわ。ありがとう」
「傘職人として最高の賛辞ですよ」
ちょうどそこへリヴィオがサウナ後のホカホカした様子でやってきた。
「うお!?なんだこれ!?」
広げた傘と皆の様子に驚く。
「傘よ。どうかしら?この大きい傘はお客様が館内に入るまで傘をさしてあげる用で……」
赤色の番傘。リヴィオが持ってみた。
「似合うわよー!」
「そうか?」
作務衣を着たリヴィオが持つと風流さが増す。
雨の中。スタッフ達がこの傘いいですねー!と子どものようにはしゃいでいた。
私も一つ椿の柄を選んで外に出る。
パラパラと心地良い雨の音がする。
「女将、似合いますよ!」
「傘のおかげで、雨なのに楽しくなりましたよ」
「さっきまで文句言ってたの誰だよー」
アハハと笑う人達。
「すげーよな。セイラは……」
「なにが?」
リヴィオが目を眩しそうに細めて笑った。
「いいや。なんでもない。オレも一つ自分用にもらっていいか?お客さんもこれは喜ぶかもなー」
その後、レオンの店で取り扱うと、インテリアとして買う人が多かったとか……。
そしてリヴィオは再び『男の休日』の雑誌を見せた。そこには和傘のページ。『ナシュレの傘職人が作るオシャレな傘をあなたは手にしたか?雨の日も唄いたくなるような気持ちになれる逸品だ』という見出しで紹介されたのだった。
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