意外な来訪者

 脅した……もとい。報いを受けさせたエバンス家、スミス家、ホワイト家は3人揃って娘の行動の軽率さを謝罪しに来た。


 私はできるだけ冷酷な雰囲気を出して、取り引きの半分の停止は覆さないことを告げる。噂を知っていて放っておいたのだ。その代償は受けるべきでしょう?と言われると青ざめたまま頭を垂れて帰って行く。 


「オレならすべて停止するね」


 リヴィオが優しさと甘さは違うぞと言う。確かにまだ私には甘さが残ってると苦笑した。権力を使うことにも慣れてないし……。


 しかし今回のことは見くびらないようにという他の取り引き先にも良い事例になったことであろう。


 連絡球が淡く光る。さて、時間だ。


 映し出した相手はルイーズだ。少し痩せた気がする。リヴィオを後ろにし、私が前に座る。


「お久しぶりです。ルイーズ様、お加減はいかがです?」


「最悪の気分ですよ。よくも……まぁ……!!」


 言葉にならず、憎々しげに私を睨みつける。私は両手を組んでその上に顎をのせ、余裕ある笑顔を浮かべた。お行儀良いセイラの仮面は捨てて、今は戦う仮面をつけているのだから、最大限に相手を煽ってやることにする。


「私からの贈り物、お気に召しました?」


 小憎らしい笑みを浮かべるようにする私。ルイーズの顔が引きつる。


「孤立させて楽しんでいるのね!?」


「いいえ。そろそろ田舎の方へ隠居されたほうがよろしいんじゃありませんか?お友達は皆、そう仰ってましたよ」


 ルイーズの交友関係を調べ、付き合いのあるものたちに、これからも続けるのか?とおどし……じゃない。聞いて回ったのだ。


 皆、当分出入りしないことを約束した。ルイーズは今、社交界の招待状すら減っていることであろう。


「お話はここまでです。私と話がしたいと言うならば、直接お会いしてしましょう。ナシュレにいらしてください」


「リヴィオ!!お祖母様がこんな目にあっているのを見ていられるの!?」


 後ろにいるリヴィオに話しかける。


「公爵家の権威を利用しすぎだろ。今までカムパネルラ公爵家の他のやつらは手のひらで踊ってくれたかもしれねーが、オレとセイラには通用しねーよ!さっさとナシュレへ謝罪しに来いよ」


 そう言って、連絡球をプツッと切った。そしてリヴィオは嘆息した。


「父さんと母さんもアーサーも祖母にやられてきている。ここで暴挙を止めておく必要はある。後少し頼む」


「カムパネルラ公爵家は……みんな仲が良いと思っていたわ」


 リヴィオは肩をすくめる。


「一枚岩ではないんだ。祖父は先代国王の弟で物静かでおとなしい……それを良いことに祖母が権力を奮ってる。父は若くに祖父から家督を継いだんだ。祖母の強い意向があったらしいとまで聞いている」


「なかなか強いお祖母様なのね」


「そうだ。オレらで食い止められるか……どうか……」


 珍しく弱気になるリヴィオ。それだけ強敵なのね……。


「皆の協力あってこそよ!」


 私、一人じゃ立ち向かうことなど無理だし、しなかっただろうなぁと笑った。


 さて、今日は忙しい。なにせ田植えなのだから!私は帽子を被る。


「今年は田んぼの規模を広げたから大変よ!行きましょう!」


「お、おー……はりきってんなぁ」


「ナシュレでお米の生産が始まったもの。旅館でもお米を出せる日は近いわっ!」


「米となると人格変わるよな?そんなにか!?」

  

 もちろんです。最優先事項ですとも!と私は力強く言ったのであった。


 それから数日たち、相変わらず豪華な馬車に乗ってルイーズがナシュレの屋敷に来訪した。


 執事のクロウはルイーズを客間へ通すため待機。やややつれた感じのルイーズが窓から見えた。


「さて、悪役を演じますかね……」


 私がそう言うとリヴィオがじゃあ、オレはその悪役の護衛するかなとのってくる。


「悪いけど……リヴィオはドアの外にいて頂戴」 


「は!?なんでだよ!?」


 私は両手を広げて、ややふざけ気味の仕草であるが、本気で言う。


「性格悪いセイラをあなたに見せたくないのよね。しかもリヴィオのお祖母様だし……後ろめたい気持ちはあるのよ」


 気にするなとリヴィオは言うが気にならないといえば嘘になる。なにかあれば呼ぶからと約束し、なんとか一対一の対話をすることを了承させた。


「わざわざ足を運ばせた意味はあるのよね?」


「お久しぶりです。いきなり嫌味から入るなんて、随分余裕がありませんのね。ご機嫌いかがです?ルイーズ様」


 スッとスカートの裾を持ち、私は挨拶する。


「成り上がり者にそんな挨拶がいりますか?」

 

「毒舌ですね。じゃあ、手短にお話しましょう。私は書類を用意しました」


 クロウがお盆に用紙をのせ、大切に持ってくる。


「これを守って頂きたいのですわ」


 ルイーズが書かれている内容を読み、ブルブルと手を震わせる。地方でゆっくり隠居生活を楽しんでください的な内容が記されている。


「ふ、ふざけないでちょうだいっ!あなたにどんな権限があるというの!?」


「あります。今の私とあなたとどちらが力があるとお思いですか?」

 

「ここまで馬鹿にされたのは初めてよっ!」


 貴族の礼儀、気品とうるさいわりに、ルイーズはそれをかなぐり捨ててバンッとテーブルを扇子で叩く。それくらいでは私を動揺させられないわよと目を細めた。今まで相手にしてきたのはお上品な大事に育てられたお嬢様たちだろうが、こっちはけっこう雑に育てられた……いや、エリート教育を受けた学園出身者なのだ。


「え!?なんでここにいるんだ!?ちょっと待て!」


 リヴィオの制止の声が廊下からした。同時に扉が開いた。


 こ、これは!?……黒髪、琥珀色の目。長身の綺麗な顔立ちをしたオジサマ。リヴィオにとてもよく似ている。彼が年齢を重ねたらこうなるであろうという……ということは!?


「ルイーズ、帰るぞ」


 静かだが、有無を言わせぬ声音。


「な、なぜここに!?あなた……」


 リヴィオのお祖父様なのね。リヴィオが驚いたように見ている。


「いい加減にしないか。皆に迷惑をかけ、押しつけて……君のその気の強さは嫌いではない。しかしやりすぎだろう」


 私が出したままの書類を一瞥する。置いてあったペンをとり、サラサラとサインした。『ウィリアム=カムパネルラ』


「なんでですの!?この小娘に屈するのですか!?」


「シン=バシュレの孫娘か……シンには世話になった。君も国のために動いていると聞いている。これからも頼む。女王陛下を支えてやってくれ」


「は、はい……私が力になれることでしたら……」


 おとなしいと聞いていたが、きっぱりとした迷いのない口調である。このオジサマかなりカッコいい。


 祖父というわりに見た目が若い。ハリーとあまり変わらない気がする。たぶん魔力が高いのかもしれない。時々魔力が高いと成長が止まったり長寿であったりする人がいるらしい。


「さあ。帰るぞ。当分、地方の田舎でのんびりするのも悪くあるまい。ルイーズ、帰るぞ」


 悔しい顔をしたが、ルイーズは渋々立ち上がる。


「リヴィオ、騒ぎを起こして悪かったね」


「え、いや……お祖父様が口を出すのは珍しいというか……初めてではありませんか?父からも聞いたことがありません」


 リヴィオはあまり祖父に馴染みがないようで、よそよそしく、やや距離感のある話し方をした。そのくらい接触がないのだろう。


「争いごとはあまり好きではないからね。本を読んでいる方が好きなんだ」


 そう穏やかに言う……カムパネルラ公爵家の好戦的な性格はやはりルイーズの血なのではと思わせるセリフ。


「ウィリアム様、帰りますわよっ!」


「怒っているかい?ルイーズ、公爵家のことを考えてくれてありがとう」


 スッと手を取り、優雅にエスコートし、ルイーズを見つめて微笑む。ルイーズの表情が和らいだ。


「あなたがしっかりしないからです!」


「そうだね。もうお互いに歳なのだから、少しゆっくりとすごそうじゃないか。君はいつまでも活発すぎるよ」


 私とリヴィオはその一部始終を見守るしかなかった。


 温泉旅館に今度は泊まりたい。リヴィオ、がんばりなさいと言ってルイーズを連れて帰っていった。


 メイドたちがかっこいい!!イケメンのオジサマすぎるーっ!といなくなった後、騒ぐ事態となった。


「オレ、今まで姿を数えるほどしか見たことなかったんだが……あの人が自分から動いたのは初めてみたな」


 リヴィオはぽかんと馬車が走っていった道を眺めていた。

 女王陛下って先代国王よりリヴィオのお祖父様系の容貌を受け継いでるのかもと一人、そんなことを考えてしまった。


 私は騒動を終えて思った。


 リヴィオのお祖母様に気に入られたり、認められたりしたかったわけではなく……リヴィオが白百合の姫に惹かれたらどうしようとか私のこと嫌いになったらどうしようとかモヤモヤしていたことに気づく。


 恋愛となると、ちょっと子どもっぽくて冷静さを欠いてしまう。そんな自分が恥ずかしいので口には出さないで内緒にしておこう。


 

 


 

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