【学生時代は遠くなり】
春の雨が降っている。シトシトシトと優しく細い雨。
「今日はよろしくおねがいしますね!」
私は少しドキドキしていた。アドルド先生が今日は『花葉亭』に宿泊するからだ。恩師と言っても過言ではないだろう。
昔より少し歳はとったものの、優しいまなざしや口調はあの時のままである。
「本当に来てくださるなんて、嬉しいです。どうぞゆっくりしていってくださいね」
私はそう言いながらお部屋へ案内する。誰か他の先生と来ると思ったら一人で来て、それが意外であった。人当たりが良いので、見た感じ、どの先生とも仲がいい様子だった。
お茶とお菓子を食べながら、そういえばとアドルド先生が鞄から何かを出してきた。
「これをセイラさんにあげようと思って持ってきました」
一冊の分厚い本。これは!!私は表紙を見てすぐにわかった。
「私の好きだった本です!覚えててくれたんですか?」
「はい。何度も借りてましたよね。それで……今となっては幼稚なのかもしれませんが、好きな本というのは大人になっても懐かしく、時々読みたくなりませんか?」
「なります!嬉しいです。ありがとうございます」
『リアンの冒険』という題名で、退屈が嫌いで家出したちびっこ魔女が世界を巡り、いろんな人や事件に出会い、最後は成長した自分となり、家に帰る。リアンは破天荒で自由。憧れていたし、読んでいた間はなんだか自分も強くなれた気がした。
「喜んで貰えて嬉しいです。今のセイラさんがその話を読めばまた違う気持ちで読めますよ。本当に良い表情です」
「先生はあまり変わりませんね。穏やかで優しくて……あの頃のままです」
「大人になるとなかなか変われませんよ。若者が羨ましいです」
フフフッと笑いあって、和やかな時間が過ぎる。
「温泉へ行ってきましょうかね。実はジーニーくん……学園長からもお風呂がかなり良いとおすすめされましてね。楽しみでした」
そう言って、先生はお風呂へ行く。
私はその背中を見送る。
「オイ……接客長くね?」
キャッ!と声をあげかけた。いきなり後ろから気配をわざわざ消して来たのは……。
「リヴィオ、何してるのよ!?びっくりしたじゃない」
「何かもらったのか?」
「あ、これ?学生時代に好きだった本を覚えていてくれて、贈ってくれたの」
ふーーーーんと長ーーい返事をして、不機嫌になって行ってしまう。な、なんなの!?
食事も和やかに先生は食べていた。広間ではなく部屋食を選んだ。
「小さいお鍋の中で煮て食べれるって良いですね!熱々ですし、ちょっとこの肌寒い季節にあいますね」
考えましたねぇと感心して言う。お酒を注ごうとすると、リヴィオがシャッとやってきて、先生の空のグラスに注ぐ。
その姿に先生が目を丸くした。
「リヴィオくんが気の利く男子になってるとは!……ありがとうございます」
丁寧に注いでもらったお酒を呑んでいる。
「セイラさんと婚約したことを学園長から聞きましたよ。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
リヴィオがやや引きつった笑い方で礼を述べている
「いや……まさか、二人がこんな関係になるなんて、想像がつきませんでした!」
私は持ってきた茶碗蒸しを器が熱くなってますので気をつけてくださいと出して、机にそっと置く。
「どんな、馴れ初めだったんですか?聞いても良ければ教えてください。単なる好奇心ですけど……」
リヴィオがやだねっとそっぽを向く。なぜ……先生にそんな対応なのだろう。ヤキモチ?いや、でも私と先生なんて、お互いに恋愛対象外だ。10歳以上も年上の先生よ!?
残念です……とすぐ諦める先生。
食後にちょっと二人共、付き合ってもらってもいいですか?と言われた。私とリヴィオは顔を見合わせて先生に着いていく。
春の花が咲く中庭についた。春の雨は止んでおり、空には星がでている。白く淡い魔法の光が幻想的に灯っている。
「雨上がりなのにベンチが濡れてないですね」
先生はそんなところまで、見ていて、すごい!と称賛してくれる。スタッフが雨が上がったことに気づいて拭いておいてくれたのだろう。さすがだ。スタッフ達はもう自分達で考えて動くことができ、かなり成長した。私、追い越されてるかも……。
座りましょうと勧められて、座る。改めた雰囲気でやや緊張感がある。
「実は……セイラさんに言いたいことがあったんです。リヴィオくんにも聞いてもらってもいいかなと思い、同席してもらいました」
リヴィオがなんとも言えない表情をした。
「懺悔をさせてください」
私の方をまっすぐに先生が見た。懺悔??
ギュッと自分の両手を組んで握っている。目は悲しそうだ。
「学園時代、セイラさんに……」
「待て!それ以上は言うな!」
リヴィオが止めるが、先生は首を横に振る。
「謝りたかったんです!本当はわかっていました。あのまま家へ帰れば、卒業式に出させてもらえずに二度と学園に来れなくなることを!」
は?とリヴィオが間の抜けた声をあげた。私も驚く。
「その後も音信不通になり、どんな目にあっているのか想像もつきました。助けたかった。他の先生達の中にもセイラさんを心配している人はいました。それなのに……」
「私が父や継母から冷遇されていたのは学園には関係ないことです」
私はきっぱりと言い切った。そこまで学園に迷惑かけられないし、私の家の問題である。先生にはなんの責任もないので、なんとも思わない。
「セイラさんならそう言うと思いましたよ」
そう言うと思っていたのに謝りに来たらしい。律儀な先生らしい。
「相手がバシュレ家ということで、学園もなかなか動けませんでした。申し訳ありませんでした」
「いいえ。先生たちが私のことを、気にかけて考えていてくださったこと、嬉しいです」
だから私が助けを求めた時に、ジーニーは素早く動いてくれたのだ。彼も学園長として学園を掌握するために大変な時期を過ごしてきていたであろうに。
……思っていたより私は一人ではなかったのかもしれない。
「私は今、ここに居場所がありますし、学園で得たスキルも役立ってます!それにリヴィオも傍にいてくれるし、ジーニーやトトとテテも手伝ってくれてます。私は本当に幸せです」
先生が頷いてリヴィオを見た。
「まさか『黒猫』と呼ばれたリヴィオくんがここまでセイラさんを思いやり、傍で支えているとは思ってませんでした。……良かったです。自分にもリヴィオくんくらいの勇気があれば良かったのにと思わずにいられません」
「オレは自分がしたいことしてるだけだけどな!」
得意げにに言う。先生はリヴィオをうらやましそうに見る。
「ええ……思いのまま生きる。それがあなたの強みであり、セイラさんが惹かれるところなのでしょうね。これからも大切にし、傍にいてあげてください」
「他のやつに言われなくとも!だ。わかっている」
大人のリヴィオは今日はいない。学生時代の彼に少し戻っている。やや先生に反抗的で、子どもっぽい自分を隠せない。私はそんな彼を懐かしく感じ、思わずクスクス笑ってしまう。
なんだよ!?とリヴィオはやや顔を赤らめて言う。彼も自分が今日は余裕ないことき気づいている。
「なんでもないわ」
「いいや!絶対になんか思ってたぞ!?」
アドルド先生が立ち上がる。
「立派に生徒が育つのは教師として、嬉しいことです。二人共、応援してますよ!今度は他の先生達も連れて旅館に遊びにきます。思った以上に素晴らしかった!」
「ええ。ぜひいらしてください。四季折々でまた違う景色や料理も楽しめます」
次の日、先生は学園に帰っていった。私に懐かしい一冊を置いて。馬車が見えなくなるまで手を振り見送る。
「さて、今日も頑張りましょうか!」
「セイラの初恋だろ?」
ゴンッと私は玄関のドアに額をぶつけた。痛すぎて涙目。
「動揺するなよ…やっぱりなぁ」
リヴィオが苦笑した。同時にやや寂しい顔をした。
「オレ、あの頃に大人だったら良かった。もっと早くセイラの辛い時に助けられたのにな」
「な、なに言ってるの?…初恋じゃないわよ!なるほど。それでリヴィオは変だったのね」
納得したわと私が頷くとリヴィオがふいっと目を逸した。
「私の前世の記憶にある日本という国では『初恋は実らない』という言葉があるわ」
「はー!?やっぱり初恋ってことか!?」
「フフッ。どうかしらね。私の初恋は実ったもの」
え??それって!?と言うリヴィオを置いて、私は仕事へ戻っていったのであった。
先生が持ってきてくれたお気に入りの本。『リアンの冒険』の主人公は破天荒で自由で自分の思いのまま突き進む。リヴィオに少し似ていた。
春の雨は止み、今日は快晴になりそうだ。
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